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第7章:切ない片想い
いつもと同じ出勤時間、会社前に私服で集合した会計課や他の部の職員たちを、チャーターした大型バスが一時間ほどかけて目的地の国が運営している保養施設に運んだ。
新人研修のときにも利用した場所なので、とりたてて緊張することがないのは助かったと思いながら、車窓に視線を飛ばした有坂。
(兵藤さんへの怒りのお蔭で考え込むことをしなくなったから、総練習にしたようなミスをするとは思えないんだけど……)
自分の席の前にいる兵藤の背中を、座席の隙間から意味なくぼんやりと眺めた。
バスの中や施設で顔をつき合わせた途端にちょっとだけ眉根を寄せて、ふいっと視線を逸らされたので話しかけることすらできなかったせいで、有坂としては若干モヤモヤを抱えている状態だった。
施設に到着後、人ごみに流されるように部屋割りされた場所に移動して荷物を置くと、すぐさま余興の行われるところに案内された。
職員総勢、百名余りが埋め尽くす宴会場。審査員は各部署のお偉いさんがするそうで、ステージの目の前に設置されている審査員席は、どこか和やかな雰囲気が見てとれた。
しかしその後方でお酒を傾けながら、それぞれの部署を応援しているであろう職員から駄々漏れしている雰囲気が、どこか殺伐としていた。
(バスの到着時間がバラバラだったとはいえ、既にデキあがっている人がいるのがすごい……)
職員全員がそろってから一緒に乾杯をするものだと思っていた有坂は、その光景を呆気に取られて見渡してしまった。
ばこんっ!!
「痛っ!?」
後頭部を何かで、思いっきり叩かれた痛みが走る。顔を歪ませて振り返ると、腰に手を当てた兵藤が白い目で見下してきた。
「今からそんな顔しとったら、会場に飲まれるやろ。アホッ!」
「だからって、叩くことはないじゃないですか」
「ぁあ!? 不安なのは、みんな同じなんやで。見てみろ、青山さんなんて緊張してるって言いながら、大平課長と江口さん交えて意味なく飛び跳ねながら談笑しとるやろ。あれくらいの余裕を、男なら見せてみろ」
(……そんなことを言われてもまったく余裕のない自分は、青山さんのような態度をとることができない。それだけじゃなく、兵藤さんの言葉に反論することすらままならないなんて)
有坂が落ち込み俯きかけた瞬間、兵藤に顎をぐいっと掴まれて上向かせられる。したり顔した先輩の顔が、音もなく近づいてきた。
「何なら、上書きの上書きをしたろか?」
他の人がいるというのに、大きな声で告げて更に近寄ってきた。
兵藤は今までおこなってきた寸劇の関係で、周りからゲイ認定されているからどんな行動をしても、またかで済むだろう。しかしそれに巻き込まれてしまったら、同類の目で見られてしまう。それだけは絶対に勘弁してほしい。
「そういうの本当にやめてください。迷惑なんですから」
ちょっとだけ声を荒げた有坂を見つめた兵藤は、切なげに瞳を揺らして近づいていた顔を元の位置まで戻した。
(あれ……? 今の言葉で、兵藤さんを傷つけるようなものはなかったと思うんだけど)
「周りを気にする余裕があるなら、寸劇でもそれを使えよ。場の空気を読んで、アドリブのひとつくらい堂々とぶちかましたれや!」
先輩らしいことを言うとぷいっと思いっきり顔を逸らしてから、背中を向けて目の前から立ち去って行った。
朝からあからさまに視線を逸らしたり今のように顔を背けたり、嫌々っていう兵藤の態度が出過ぎていて、こっちまで不愉快な気分になる。
苦手な後輩の指導を、兵藤がしているのは分かっていた。だからこそ彼の負担にならないように、なおかつできるだけ期待に応えてあげたいと思っているのに、冷たい態度をされるのは正直辛いと思わずにはいられなかった。
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