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第7章:切ない片想い③

***  兵藤に躰を温められたお陰か、有坂の緊張が思った以上にとれた。さっきまで考えていた悲観的な考えも出てこない精神状態に、安堵のため息をつく。 (あとでお礼を言わなきゃな。いろいろお世話になりっぱなしだし) 「有坂くん、そろそろ出番だよ。一緒に頑張ろうね!」  隣にいた青山が小声で話しかけてきたので、笑みを浮かべながらこくりと頷いた。  やがて会計課の演目がアナウンスされて舞台の幕が開いたので、ふたりで息を揃えるように歩み出ながらステージの中央に向かって仲良く進む。 「おはよ、有坂くん☆」 「おはよう青山さん。今日も可愛いね」  台本の指示通りのセリフを口にして、青山の柔らかい頬をツンツンと突っついた。 「やだぁ、もう! そんなことを言ったって、何もしてあげないんだからぁ」 「下心なんてないのにな。青山さんの見たままを、素直に口にしただけなんだよ」  この場面については適当にイチャラブしてくれ! ということが兵藤が手掛けた台本に書いてあったので、自分なりに色々考えてその場を繋げてみた。  ちょうどステージの中央に差し掛かったとき、反対側の舞台袖から見目麗しい兵藤が、誰もが見惚れてしまいそうになる笑顔で登場する。  客席から『きゃっ』という声がそこかしこであがったところをみると、ゲイ疑惑があっても関係なく人気があるらしい。 「いやはや朝から熱いねえ。新入社員のお二人さん」  ステージ中央まで歩きながら、左手をパタパタさせて熱い熱いと連呼する。そんな彼を青山と顔を見合わせた後に、しっかりお辞儀をした。 「兵藤さん、おはようございます」 「おはようさん。その勢いで、仕事も頑張ってくれたまえ!」  三人に向かってスポットライトが浴びせられると、司会進行役の大平課長の声が会場に響き渡る。 「こうして毎日、会計課の朝がはじまるのである。とても和やかで清々しい中でイチャイチャしながらも、新人の二人はしっかり仕事に勤しむのですが――」  言い終わらない内に暗転となり、有坂と青山はステージの端に素早く移動した。入れ替わりに大平課長が歩み出ると、ステージの中央にいる兵藤に向かってにこやかな表情で見上げた。 「どうしたんだい、兵藤くん?」 「大平課長……。実は昨年までの設定を、自分としては変えたいんですが」  そのセリフとともにスポットライトが、ステージの隅にいるふたりを照らし出す。難しい表情をした兵藤が、照らされた新人たちをじいっと見つめた。 (あの人、本当に演技が上手だな。練習のときよりも本番の今の方が、役になりきっているように見える)  苦渋に満ちた顔をキープしたままの兵藤を慰めるように、大平課長は肩をぽんぽんと叩いた。 「僕と別れて、青山さんと付き合いたいって」 「違います。青山さんじゃなく――」  肩を叩いた仕草は大平課長のアドリブだったが、セリフを遮った兵藤の言葉が台本にないものだったので、青山とふたりして首を傾げてしまった。 「有坂と付き合いたいんです」 「「えっ!?」」  いきなり告げられた有坂と付き合いたい宣言に、大平課長と青山がそろって声を上げた。  ほぼ同時に客席からは『またこのネタかよ』や『うわぁ……』『キャッ』等々、多種多様な反応が耳に聞こえてきた。 (どうして青山さんから、俺に変えたんだろう? それよりも大幅な変更のせいで、どうしたらいいか分からないじゃないか)

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