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08 派生案件

「それで服部という名前が出てきたのはなぜですか?」  簑島が背もたれに身体を預けて腕組をした。右腕に置かれた指先が細く、爪の形が美しい。一挙手一投足に目を奪われていると悟られないよう、話すときは首や視線をなるべく動かさないようにと、普段からイメージトレーニングしていたので、盗み見ていることはばれないはずだ。PC画面に視線を向けたまま、視界に入る白い横顔を焼き付ける。 「さっきの芸能事務所に服部武夫の名前で融資されている。政界を離れ隠居した者でも死ぬまで政党の鑑たることを誇るものだ。環境問題や教育、自然保護などに名前を出すことはあっても、一介の芸能事務所に? と引っかかっただけだ」 「それは少し引っかかりますね」  高速で入ってくる情報を処理しながら、彼の右脳として認められるための意見を考える。 「服部氏のアキレス腱となる肉親はいるのでしょうか?」  簑島が背もたれから前へ出て、別のフォルダを開く。 「細君を若い頃に亡くしている。一人息子は35歳で一度も就職したことがなく、競輪競馬競艇パチンコ三昧、アル中で去年亡くなっている。障害、窃盗歴ありの孫が今19歳。反グレ組織に関わっているのではと思われたので、それも洗ってもらっているが、母親とパリで生活しているという話だ」  簑島が芸能事務所『チタンプロダクション』のサイトを表示する。そっけない会社概要のページを眺め、沿革を見直すがこれといったヒントはない。所属タレントのページへ移りスクロールする。大所帯の女性グループが多く、地下アイドルを無数に抱えていることくらいしか新たな情報は、 「あれ? 上に戻ってもらっていいですか?」  チラリとこちらを見て、簑島がスクロールする。 「あ、これ。…えー」 「何か?」  二人組の女性の写真を指し示しす。アイドルオタクだとは思われたくないのだが、突破口は欲しい。 「これもともとは3人組だったんです。センター、つまり代表たる一番顔のいい、歌でいえばサビを担当する子がいなくなったんだなと思って」 「引っかかるか?」 「引っかかりませんか? この二人に魅力感じます?」 「…健康的でよいと思うが?」 「そんな子、学校行けばいくらでもいるじゃないですか。ちょっとお借りします」  マウスを奪ってグループ名で検索する。3人でいてもそれほど人気があったわけではない。デビュー曲を何度かTVで見たがすぐに消えた。センターが一人になるならまだしも、何の価値もない二人が残る意味がわからない。画像検索でセンターの名前がヒットした。雪平里香、さらにその名前で検索し、画像一覧をスクロールすると簑島が指を差した。  大きな背もたれが特徴的な籐の椅子に腰かけている。写真をクリックするとインスタグラムへ飛んだので、遡って記事を確認する。  芸能活動をやめた報告を一昨年の冬にしていた。次の記事で田舎へ帰り、ウエディングドレスのデザインを始めたとかで、何枚かの写真がアップされていた。ウエディングなのだろうか? 露出が多すぎる白い服を着ていた。5回ほどで飽きたのか、検索で出てきた椅子の写真になった。近くのアンティークショップで見つけた椅子に一目ぼれ、その後アジアンテイストの家具を少しずつ集めているという短い文章ととともにアップされていた。簑島の手が指示するようにまた上がり、手を止める。屋台で食事する写真。一年前の冬だ。  夜市といえば台湾だ。食事する姿を映しているということは同行者が居たということだ。その記事を最後に更新されていない。 「彼女の田舎とはどこだ?」  簑島がバックスペースで戻りながら主要写真をプリントアウトしていく。椅子の背景に着目する。 「やけに広い庭だな」 「貧乏エピソードを売りにしていたはずですが?」  雪平里香の名前と出身、田舎、思い出などで検索するがヒットしない。さすがにそれほど話題にも上らなかったアイドルともなると情報事態が少ない。簑島が、懲りずに小学生、子供のころ、将来の夢などとプラス検索を続けると「憧れ」というワードでヒットした。 『東京といっても唯一の村育ちで山間部でしたので、八王子の暴走族にも憧れました』  簑島が立ち上がる。 「行こう。君、運転はできるかい?」 「お任せください」  遅れないように立ち上がった。

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