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10 目的地到着

   *  その後、カーナビの代わりに簑島がナビをしてくれたおかげでスムーズに所轄署へついた。  こんな田舎まで簑島の噂が行き届いているらしく、ロビーから廊下に至るまで、やたら女性が行きかっていて、通りすぎては小さな悲鳴が聞こえた。  会議室に通されると、そこにいた若い刑事が挨拶もそこそこに書類を突き出してきた。 「雪平里香! いやぁ驚きましたよ」  渡されたのは戸籍謄本のコピーに目を落として驚いた。 「え? 服部リカ? え? 結婚?」  別人のものではと疑ったが、同様に驚いたという刑事が補足する。 「それがホントらしいんですよ。服部武夫って82歳ですよね、21歳の女の子と結婚してたなんて、マスコミもわざとスルーしてた可能性がありますよね」 「わざと?」  簑島が聞き返す。 「人気アイドルグループっていうのは、外貨さえも獲得できるいわゆるドル箱です。CMのギャラも人気があればあるほどギャラが違う。人によっては15秒で3億稼ぐって世界ですよ、人が食いつきそうなゴシップもTPOで発表するしない、様子見ってのがあるんですよ」  腑に落ちない、という様子で簑島が腕を組む。  確かに。覚せい剤で芸能人が掴まるとき、裏で政治家の息子がヤバい事件を起こしていたり、国会でとんでもない法案が成立し通されていたり、これは警察とマスコミの癒着だと噂されることもある。所轄ではよく耳にする噂だが、本店所属の人間には届いてない話だろう。  簑島の様子を無視して所轄刑事は続ける。 「彼女の事務所、えーとチタンプロダクションでしたっけ。そこに服部が融資しているって話が出て、確かにその情報は一度事務所のサイトに掲載されていたんですが、すぐ削除されたんですよ。それでいろいろ調べてみると、業界上がりのタレントがアパレル店を開店したって時に花を出していたり、ゴシップ賑わせただけの地下アイドルがジュエリーデザインに転身したってパーティーに服部の姿があったり、あしながおじさんするにしてもレア情報というか、マイナーすぎて、自分のためにもならないところに融資しているんですよね」 「雪平のお友達関係ですかね?」  黙って考えこんでいる簑島の代わりに質問をすると、所轄刑事は手を振って否定した。 「そんなに友達って呼べるほどの付き合いはなかったようなので、もしかすると……」  所轄刑事は簑島を見る。もしかすると、何だ? 82歳の爺の側に、アイドル救済が趣味のヲタクがいるってことか? いやそれはトびすぎか、何だ? 簑島より先に答えたい。 「……フィクサーか」  先を越された。所轄刑事は満足そうに頷いた。成程、表に立っているタレントよりバックボーンとなる企業や人物へのなんらかの関わりががあっての投資ということか。 「ただですね、雪平がデビューして家族全員都心に引っ越しているので、どうしてこっちへ戻ってきたのかわからんのですよ」 「服部氏と結婚してこちらに来たのでは?」  うーん。と唸りながら、刑事が壁に張った白茶けた白地図の方へ寄っていく。グーグルマップで見せてくれた方が親切だと思うのだが、簑島は黙って後へ続いたので、後ろでスマホを操作した。 「服部の別宅がこの辺にあったんですよ。でも去年までは確か、四国の方の政治研究所を兼ねた施設でのんびり暮らしていたんですよね」  グニャグニャとカーブのある道のあたりを指し示しているので、スマホと見比べてみようと思ったが、この周辺一帯が緑だった、沿道に建物の表示もない。白地図にはいくらかの民家があるがこちらにはないので、航空地図に切り替えてみるが、緑が一層濃くなっただけだ。必死で共通点を探しながら比べてみる。  簑島が持ってきた資料を出して刑事に見せる。 「入籍はいつになってますか?」 「えーと、去年の6月ですね」 「この時期ですね」  インスタのウエディングドレスの写真を見て、刑事が口を開けた。 「これが、ドレスぅ? 自分用ってことですかね」 「そういうことでしょうね」 「じゃあその前には出会っているってことですかね。まぁでも最近では出会ってすぐ結婚するなんて人もいますからなんとも言えませんが」 「服部の融資はいつからかわかりますか?」 「なるほど。出会う前か、出会った後から融資かで筋が変わりますね」  所轄が分かったようなことをいうので、腹が立ったが、簑島が頷くので焦った。どう変わる? 「こちらでも調べてみますよ。何かわかったらご連絡します」  所轄刑事はにこやかにいうと2本指で敬礼した。簑島が謙虚にも頭を下げた。  所轄刑事ごときが無礼を! 腰の義元左文字を振り上げ、2歩前進し、右から振り下ろし、返す手で左からも振り下ろし、倒れる寸前に首を落としてやった。妄想の血しぶきを浴びて、目を閉じる。 「ありがとうございます。私たちは服部の別邸に行ってみます」  何事もなかったように(もちろん、妄想だから何事もないが)、簑島がそう言って踵を返したので、形式ばかりのお辞儀をして後に続く。  くっそぉ。こんな山間部をどうやって走るんだ? 

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