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11 右も左も

   *  妄想の血しぶきを浴びて、目を閉じる。 「つまらぬ者を切ってしまった」  名刀を一振りし、汚い血を振り払い懐…はないので、ジャケットの胸ポケットから一張羅のハンカチを出して刀を拭き鞘に納めると、それを待っていたかのような声がかかる。 「ありがとう。急に馴れ馴れしくなるから不安に思っていたんだ」 「貴方と話すとワンランク上がったように感じてしまうのが、平凡な男の衝動でしょう。気を付けた方がいい」  渋い声で答えると、少し不安そうな表情をみせながら、簑島がこくりと頷く。可愛いところもあるもんだ。それはそうだろう、その身ひとつで乗り出していった暴力団で、カメラを前に犯されるなんて経験をしたら、怖くもなるだろう。 「いつでも自分を頼ってください」 「権藤……、ありがとう」  手を伸ばすとパシッと弾かれるが、ツンデレ王子の簑島は――。 「権藤、聞こえてるか?」  妄想を断ち切る冷たい声が聞こえて我に返る。 「もちろんです、なんでしょうか?」 「もう、引き返そう」  ガタリ、と車が右に揺れた。ぐにゃぐにゃ道は舗装されておらず、時々、ガタンと車が揺れる。決して自分の運転が悪いわけではない。悪路のため、誰が運転したとしてもこんな風にガタンガタンと揺れるのは間違いないことだ。そしてこうやって、前後左右、木々だらけなのに、道が突然180度のカーブになる。右から抜けたと思ったらまた左に180度曲がる。なんのためのカーブなのだ? 一直線に山を掘ってトンネルを作ればいいものを。 「権藤」  簑島が窓の上にあるアシストグリップを握りながら声を掛ける。 「どのみち一方通行ですから、ひとまず服部邸へいってみましょうよ」 「でも……正確な場所がわからないし……」  こんな状態で話をしてたら舌を噛みかねない、冷静沈着な簑島の声が跳ねることに少しばかり興奮してくる。アクセルとブレーキを、まるでゲーセンの子ども向けカートのごとく踏みながら応える。 「広い庭が特徴の形で、だいたいわかりました……から、たぶん、この先です」 「……」  特徴的なのは庭だ。小学校の校庭ほどの広さだった。白地図の場所はWの二回目の先端から次のカーブまでのほぼ一体。そんな特徴的なところはそんなにないはずだ。  きっと簑島のお手柄として、上げられる出来事になるはずだ。  公私ともに、自分という存在を忘れられない日にしてあげよう。  『たぶん、この先』を何度も繰り返し、かなりの時間が経過してしまった。ひょっとすると長野や岐阜あたりまで来てしまっているのかもしれない。右側が傾斜になっているので、ちょっと間違えると車ごと転がり落ちそうな道でもあり、左に寄せすぎると車体が壁や伸びすぎた木々に擦れて、悲鳴を上げた。  簑島は、先ほどからアシストグリップを握ったまま同じ姿勢で窓を眺めている。運転が不安というより、こんな状況でも事件のことを考えているだろうと思うと頭が下がった。何がなんでも服部邸を見つけなければならない。 「ライト、つけてみてくれ」  いつの間にかとっぷりと陽は暮れて、影絵のような道を走っていることに気づいた。慌ててライトをつける。急に右手が伸びて「下に」と小声で言われ、アッパーだったと気付く。カーブを曲がると同時に、 「スピード下げて」とさらに言われ指示に従い、左を見ると人の手で整えられたような草壁が続いた。視界を覆うほどの木々が不意になくなり、草壁の向こうが平坦な土地であることが分かった。  右手が上がったので、車をゆっくりと止めると、止まるのを待たずに簑島が外へと出ていった。慌てて後を追う。

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