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12 ゾンビ!?
身長から云って、1メートル50センチくらいの垣根の向こうにこじんまりとした日本庭園と、本格的にサッカーができそうなスタジアムほどの芝生の庭が広がっていた。奥にかなり部屋数のありそうな日本家屋が見える。
「服部邸ですかね?」
興奮して声を出すと、「静かに」と言うかわりに簑島が白い指を立てた。こんな時でも、その顔を注視させるような行動をとる簑島は、淫靡な遊女に見えてきた。白い首筋を伸ばして、生垣の隙から中を覗いている。美しい首筋には、あの吉川線はすでにない。ひとつの跡も残っていない。首輪代わりに絞められた紐の感触を、この肌はまだ覚えているのだろうか。そういうプレイの方が好きだろうか。
茫然と立ち尽くしたままでいると、簑島が驚いたように手を引いた。
「バカ、屈め!」
小声でそう言われた時、だたっ広い芝生の真ん中で何かが動くのが見えた。なにもないと思っていたそこで、ムクリと起き上がったのは髪の長い女だった。
ザワっと風が吹き、長い髪が揺れるのが分かる。薄暗くてはっきりと確認することはできないが、ほっそりと、まるで栄養失調のような骨と皮だけの細い腕が揺れた。
「だぁぁれぇぇ?」
ゾクっとした。女の声ではあるが、妙に割れていてゾンビみたいだ。ホラー映画のようだと思った瞬間、その物体が、折れそうな腕を支えに立ち上がり、カクンと膝をついて、四つん這いになりながらこちらへ一歩踏み出した。ホラー映画定番の白いワンピースを着ている。ちょっと派手すぎるレース柄だが、泥と草が全身にくっついていて、復活のシズル感は満点だ。
「そこにいるの、だぁれ?」
下で舌打ちが聞こえた。
「一旦、引こう」
そういって、視界の下で簑島が動くのが見えたが、身体が動かなかった。四つん這いになったそれが、手足を無秩序に動かし、ゾンビというより、壊れたロボットのようにこちらへ迫ってくる。まさにホラー映画の実体験だった。脚が震えて動けない。
ゾンビは髪を振り乱し、立ち上がった。足を前に出すが、支えるほどの筋力がないからか膝が曲がったまま前進する。それがさらに怖かった。内側に折れる膝に、逆側の膝がぶつかり壊れた前進をし、ゆっくりと近寄ってくる。
「おちゅうしゃちょおおだぁ……、おちゅうう……」
グンっと下への力が働いて、釘付けになっていた視界から、足元を見た。簑島がスーツの裾を引いたのだ。ガクンと膝が折れて、思わず倒れそうになるが、ぐっと堪えるように一歩が出た。
「一旦、引こう」
お前だけが頼りだ。ああ、そうだ。この人美しい人を守らなければいけない。ヒロインを守るヒーローがいきなりやられてしまってはB級ホラーになってしまう。平静を装っているその顔に我に返り、
「は、はい」と返事して車へ戻った。
「出せ!」
シートベルトもせずに指示に従った。急発進したタイヤがガリガリと派手な音を立てて、小石を飛ばした。開けていた窓からゾンビの声が追いかけてきた。
「おちゅうしゃちょうだーーい」
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