心臓がバクバクと鳴っていた。心臓が耳元までせり上がっているのか、鼓膜の真横で脈売っているようだ。道の脇の小枝がフロントガラスにぶつかり、獣道のようだと感じた瞬間、道の先に人影らしきものが見えた。ゾンビの仲間だろうか。スピードを極限まで落として進む。ハンドルを握る手が汗で滑る。 　ライトに照らされてわかる範囲では10代から20代前半のクソヤンキーだ。タンクトップに膝までのパンツ、妙に長いベルトが垂れ下がっている。片足が汚れているのかと思ったが、刺青かもしれない。道の真ん中にパイロンを置き、鉄パイプをつないでバリケードのようなものを作っている途中のようだった。眉間にしわを寄せて、威嚇する熊のように口を開けている。思わず車を止めた。 「てめーら、どっからきやがった。ここ私道だぞ！」 　少し開けた窓から、怒声が響いた。何言ってるんだ？　一本道を来たのだし、この自分が道を間違えるはずはない。 　ふっふっと鼻息が漏れ、臨戦態勢に入ろうというところで、左腕に何か触れた。 「落ち着け」 　簑島の右手が左腕に添えられていた。左肘を窓の桟に掛けたまま、手の甲で口元を隠し、前を見ながら言った。 「相手にするな」 　降りてこい、コノヤローと言いながら、男は鉄パイプを手に近寄ってきた。 「奴が真横に来たら発進しろ」 　ガン！　鉄パイプでボンネットを叩かれた。 「……ヒッ」 　ハンドルから手を離していたら思わず顔を覆って隠れたくなるところだが、簑島の指示に従うために、ぐっとハンドルを掴んだまま耐えた。男はさらにボンネットを鉄パイプで叩く。 「出てこい、コラー」 　男が喚く声が聞こえる。あ、簑島の側の窓が開いているのだった。これはヤバいのではないか？　こういう場合、腕っぷしの弱そうな方へ男は来るはずだ。窓を閉めるよう言わないと……。 「……ふぐっ……」 　うまく声がでない。いっそひき殺してはどうだろうと左足を伸ばしかけたとき、 「まだだ、待て」 　と指示された。手で口元を隠したまま、平然としているように見える簑島が頼もしい。そう思った瞬間、ボンネットを叩いていた男が、運転席側に足を踏み出した。ええ？　なぜ、こっち。 「う、うわぁああ」 　ライトを回り込んだ瞬間にアクセルを踏んでいた。全力で。ドアミラーが男の胸に当たって道の脇の草むらに飛んだ。道路を遮っていた鉄パイプとパイロンを倒して、全力で左に曲がり山道を下った。