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 さらさらと木の葉が風に揺れる音がする。都内の公園で木が風に揺れるなら爽やかさを感じるが、この場所では山全体が歪んでいるようで硬直したまま動けない。 「少し整理しよう」  簑島が静かに声を出した。 「先ほどの豪邸の庭、あれは服部邸かもしれない。女の顔をみたか?」 「ぼんやりとですが……見ました」  折れそうな骨と皮だけのゾンビが瞼を閉じるとまた動き出す。長い髪の間から、飛び出そうな目玉と干からびた口元をが見えた。 「雪平里香だったか?」 「はっきりとは、わかりませんが……」  ほぼゾンビ、ゾンビに個体差も面影もあるわけがない。可愛かった子が拒食症で体重30キロ代になったところを誰が想像できるかという話だ。可愛くなくても、たぶん、一緒だ。起き上がったところを思い出す。 「ただ、髪は長かった。腰までありそうな髪は一緒です…あ、あの白い服ってもしかして、自分でデザインしたとかっていうヤツだったかも……」  記憶力は昔からよい。落ち着いて思い返せば、あの丈の短い白いワンピースはインスタに載っていた服だった。これがウェディングドレス? と思った奴だ。白いレースをビラビラと白に重ねても太って見えるだけだと思っていたが、ゾンビは太って見えなかった。  簑島は左腕を強く握ったまま、目を閉じている。もしかして怪我をしたのではないだろうか? そう思いながらも瞬きをすると、瞼のゾンビが迫ってくる。 「お注射ちょうだい……彼女、そう言いましたね」 「覚せい剤」  その言葉は、B級映画のスクリーンを教習室の薄暗いスクリーンへと切り替えた。やせ細った身体、血走った目、渇ききった肌や口元、末期の薬物依存の症状だ。 「そんな……。すると、ヤンキーゾ…あの通行止め男が関係するのでしょうか?」 「彼に見覚えは?」  鉄パイプでボンネットを叩いていた野獣のような顔を思い出す。若いことは確かだが、そこらのイキがっている高校生風情にも見えた。事件関係者の中にそんな年代のものはいなかったはずだ。 「思い当たるところはありません」  ただ、雪平のプロダクションの中にはいたかもしれない。男性アイドルはいなかったと思うが、マネージャや社員など、雪平に関わった人物がそのまま潜伏しているということもあり得る。  その考えを口にすると簑島は軽く頷いた。考えこんでこちらに視線を投げてくることはなかったので、見放題の簑島の美しい横顔を、穴が開くほど眺めていたらその奥でぼおっと明かりが通りすぎた。 「うぐッ」  さっきの妖怪が戻ってきたのかと思ったが、目の高さで二つに分かれ、シンメトリーとなって動き、すうっと消えた。  そちらを差すと簑島もその方角を見る。暗闇だと思っていたものは建物だった。鬱蒼とした木に囲まれてはいるが、電線も通っていることに気づいた。シルエットからして二階建ての建物らしいが、二階に窓はなく、正面はシャッターが下りている。その隣に木造平屋建ての家があり、ガラス戸であることがわかる。妖怪ではない、人工的な明かりがガラス戸に映っていただけだと理解すると、身体から変な力みが消えた。  人が動いたということだ。ガラス戸の前に積まれているものに目を凝らしてみた。 「……なにか見えたか?」  示すのが遅かったのか、簑島が振り返る。ピンときた。 「確か、雪平は『 近くのアンティークショップで見つけた椅子に一目ぼれ』と綴ってましたよね?」  建物の前に積まれたものはシルエットをみても、椅子やテーブルが無造作に積んであるというのが分かる。言いながら駆け寄って確認した。  やはり、積まれていたのは、箪笥やテーブル、椅子だった。廃棄物だろうか、ガラス戸の中を覗いてみるが、人の気配はない。ただ、街灯で確認できる範囲では、布を被せられた商品がところどころ見え隠れする。籐の椅子にアジア風のチェスト、鏡……、最近はやっていないのか、色を無くしたその光景でも埃をかぶってごみ同然となっている雰囲気は伝わった。ガラス戸を眺めるが、看板らしきものはない。だが、ここが例の家具屋ということだろう。

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