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18 千載一遇

   この機を逃す手はない。上体を屈めて、建物沿いの狭いスペースを音を立てないように進む。 「まて、ご……」  後ろで簑島が声を出そうとして躊躇う。  見ててください、貴方のために権藤拓哉はこの取引現場を押さえてみせますから。  建物にそって裏側に進むとシャッターが腰の高さまで開かれていて、先ほどより近くに男たちの姿が見えた。 「――社長が――前に終わらせ――」 「けどよ、金が――手元に――」  会話まではよく聞こえない。 「これを先に捌いて――」  片方が箱の中から何やら持ち上げた。いびつな三角形のような包みに見えた。銃だろうか、警察で持たされる銃より大きめだ。それはそうだ、日本の警察官が持たされる銃は護身や威嚇ようであって、殺傷能力のあるものではないので、世界にあふれている自動小銃のベレッタやブローニングなどの散弾銃のように、10も20も弾を込められるほどの大きな銃ではない。急に頭が冷えてきた。奴らが見ているのは大根が入りそうな長さの箱だ。  天才肌なので、シミュレーションが勝手に始まる。  「動くな」とここで銃を構えて制圧しようとしたところで、あの箱の中に、こっちよりでかい銃器があったら体制は逆転だ。距離は20メートルほど離れている。腕がよかったとしても警官時代から愛用しているニューナンブでは殺傷能力以前に当たるはずもないことを、銃を取り扱うものならわかってしまうことだろう。その箱の中に、銃身がこちらより長いものがあるだけで、形勢逆転してしまうし、二人で構えられたらハチの巣となって終わりだ。  今更気づいてもしようがないだろうか? 振り返るとそこに簑島がいた。自分が真っ青な顔をしているのだろうか、「ようやくわかったか、バカ」とでもいうように頷いて、「帰ろう」とでもいうように手をクイっと動かした。  簑島はいつも正しい。頷いて中腰の姿勢から向きを変えようとしたとき、よろけてトタンの壁にぶつかってしまった。  ガン!  ぎゅっと目を瞑る前に、簑島もしまったとでも言うように、顔をしかめるのが見えた。そんな表情さえも美しい。 「だ、誰だ!」  中から声が聞こえたと思った瞬間、簑島の手が伸び背中を掴むと一気に道路側へと押しやってくれた。 「先に行け。本部に伝えろ」  小声でそういうと腰のあたりから簑島が銃を取り出した。 「……み」 「静かに行け」  さらに背中を押されて、足元の地面を手で支えながら言われた通り、道路へと踏み出すと、空気を裂くような音が響いた。銃声だ。 「そこにいるのはわかってる! 出てこい!」  中から人の声がした。簑島は壁に張り付いたまま、こちらに顔を向け、顎をしゃくる。行けという合図だ。心臓がまた大きな音を立てだした。動けなくなる前に、前を向いて足を動かし道路面へと走る。「本部に伝えろ」と言っていた車に戻って無線で――?  やっと店先の道路面に出ると立ち上がって車の方へと走り出したが、5歩で止まった。車を覗き込む男がいたのだ。先ほどのヤンキーゾンビだ。右手に鉄パイプを持っている。足音に気づいたのか男が鉄パイプを引きずってこちらに寄ってきた。  ま、まずい。向きを変えて道路を一目散で走り足した。 「待ちやがれ、ゴラァ!」  後ろで声がする。走るしかない、追いかけっこをしている場合だが、走るしかない、本部に連絡しなければならないのになんでなんでこんなことになってしまうのだろうガードレールに沿って走っていけばそうさ電気も通っている証拠に電柱もあって街灯もあるのだからかなりの山間部より人の暮らしのある集落まで下りてきているに違いないそれはきっと近いに違いない近くないと困るゾンビくらい振り切れるはずだが……。  首を回して後ろを見ると距離があったはずなのに、鉄パイプを振りかざした男はすぐ近くまで接近してした。 「うぐッ…!」  前を向いて本気で手を振って走る。全速ギアで走ればこんな男は振り切れるはずだ、権藤拓哉は学業のみではなくスポーツだって優秀だった。かけっこだって一番になったことは何度もある、中学高校とちょっと身長の差がついてしまいなかなか体育祭では目立つことはなかったが、本気になればこんな奴は振り切れる。自分には簑島さんを守るという使命があるのだから、この場を乗り切らないとなら…??  不意に足元にデカすぎるを確認した。犬でも人のものでもない大量すぎるうん……。 「こ……!?」  認識したときには踏んでいた。にゅるぅっという感触とともに滑って、ガードレールに全力で太腿がぶつかった。避けようとした身体が右に曲がって宙に浮いた。そうだ、大学合格で胴上げされた感覚と一緒だ。これは宙だ。  そこまでは理解したが、あとは頭から落下するしかなかった。

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