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20 出発
玄関からのアプローチを下っていくと、門の前にいかついガタイがお目見えした。HUMMER H2だ。このエンジン音を聞こえないふりしてたなんてどうかしている。ひき殺されまいか心配しながら、右の助手席へと回り込むと勢いよく車は発車した。
「これ、姐さんの車っすか?」
「余計なこと聞くならその舌引っこ抜くぞ」
言いながら、デカパイが右のポケットに手を突っ込んだ。ペンチかねじ回し付きスパナでも出てくるのかと、身体を丸めて構えたが、タバコだった。この山道のカーブを、慣れたように片手ハンドルで捌いている姐さんに敬意を表して火をつけてやった。
「それにしても、警視庁の第五と親しいとは思いませんでしたよ」
「これからやってもらうことに関わるので、隠してもおけなくなった」
つっかけていた靴を脱いで膝を抱える。Tシャツ一枚では5月の夜はまだ寒い。明日、無断欠勤となってしまう田んぼを眺め、寂しい気持ちになった。昨日新種を植え付けたばかりだ。畔道と言っていい狭い道ゆえ、ちょっとバランスを崩せば田んぼに横転しそうで、そうなったとき、車や自分の命より、新しい苗の心配をしそうな自分が怖かった。新生活のロマンを小馬鹿にするように、紫煙が目の前を流れる。下唇を突き出して、吹き飛ばすように息を吐いた。
「その猫の鈴がヤバいって知ったってことは、第五が目をつけているブツに手を出そうとしてたってことっすか?」
「いや」
デカパイはフィルターを噛み潰すようにして、吸い込んだ息を深く肺へ飲み込んだ。咥えタバコが似合う女など、ぞっとしない。
「フィリピンや台湾あたりで出回っている安物を輸入してる業者がいてな、ハタケを荒らされる前に潰してやったんだよ」
「潰した、とは?」
普段無口な彼女にあれこれ聞くのは気が引けたが、自分がこれから働かなければならないとなると、情報は多いほど良い。
「入港して都内に運ばれる前に運転手に酒を盛って事故らせた。粗悪品はサクラが押収し、業者も潰れて万々歳」
加えたタバコをうまい具合に移動させ、長い爪で灰を払うとまた忌々しそうにタバコを噛んだ。
「そのはずが、業者はただ使われただけで、この取引には黒幕が別にいるらしいんだ」
「あーそれ、新聞で見たな。家具に混ぜて銃と弾丸を運んでたとか、そんな重要なもん運んでるのに飲酒ってどういうことだと思ってたら、そういうことですか」
テレビはないので、新聞でも取ろうと思って初日の社会面にそれが載っていた。変な事故だと思っていた。
「結構な数だったと思うが全部、粗悪品?」
「粗悪もいいところだ、3丁に1丁は暴発して指が飛ぶレベルのものだ。それを奴らはあたしらと同等の値で売りさばこうとしてた」
粗悪品が流れると、こっちもそうではないのかと値踏みされる。質もよければ歴史もあると、組織の宣伝ができればよいが、そうもいかない世界だけに噂の種は芽を出す前に摘むのも重要な仕事た。
「はぁ、そりゃ潰さないといかんですなぁ」
一瞬睨まれて、言葉遣いに気を付けようと思いなおす。車は田舎道を抜け、東北自動車道に乗り、俄然スピードを増した。きっとこの人ならNシステム対策もオービスの位置も把握していて、ミスるはずもないのだろうと思うが緊張感は抜けない。
「で、黒幕に検討はついてたんですか?」
「調査中だ。粗悪品にしても量が量だけに、ほかに金づるがいると睨んでいたんだが、錬金術の仕組みを無視していた結果、サクラの鈴が無鉄砲にも乱入してきて……」
「待て」
といったら、顔を斜めに傾けられたので、敬語に直す。ああ、メンドクサイ。
「俺が思い描いた人はそんなに鈍臭くない気がしますので、ちょっとこの仕事……」
断ろうとしたが、
「お前が思い描いた人、一人だったらどうにかなったろうがな」
シャットアウトされた。カピバラ並の相棒だったらちょっと面倒なことになっている可能性はある。
「猫の鈴とかいって、監視でもしてなきゃそこまでわかんないと思うが、どういう事態だ?」
「もえたんが馬の散歩をしているときに見つけたらしい。空っぽの車」
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