も、もえたん？　馬の散歩？　監視するにちょうどいいシチュエーションなのだろうか？ 「そこに資料がある。お前の任務はまず、銃取引の黒幕を暴いて根源を叩くこと。余力があればサクラの鈴も奪還してこい」 　余力という言葉を聞き流す。目線はサンシェードのあたりだったので、手を伸ばして弄りまわしてみると、縫い目の間に指が入り、薄いスマホが出てきた。海外製のシムが複数入るヤツだ。 「お前の右中指指紋で入れる」 　なんでー？　と聞かないのは怖いが聞くのはもっと怖いので、今はスルーしてログインする。カメラとLINEとグーグル様しかアプリがない。簡素にもほどがある。二つ並んだPDFの一つを開くと、近くでブブッと音がした。 「お前にそれを与えるが、すべて連動してるから悪い気は起こすな」 　保護者フィルターってそういう仕組みでしたか？　無駄口は叩かず出てきた家の間取りを頭に叩き込む。 「元政治家の服部武夫の家だ。戸籍情報では82歳のくせに昨年21歳の元アイドルと結婚している。芸能事務所に近づいたせいか、その周辺のクソタレントに金を垂れ流していて、反グレとの繋がりを否定できない」 「へぇ、すげぇ性欲の爺が居たもんだな」 「若いころに女房を亡くして遊び放題だったらしい。『夢は腹上死』なんてうそぶいていたらしいが、最近はその姿が確認できてないから、ホントにイっちまった可能性もある」 　急にスピードを緩めるので、なんだと思っていたら、暫くして頭上にオービスを確認した。流石や。通り過ぎるとまたスピードを上げた。 　広い豪邸の間取りは無駄に広いリビングのテーブルの形やソファにあるクッションの数まで記載されている。旧家にしては不自然な柱や壁のでっぱりがあるが、改造したということだろうか。 「バカ息子は死に、バカの血を受けついだ孫がいるが、母親とともに日本を離れている。天国に金は持っていけないと気付いて、無駄遣いをしているのかもしれないが、とにかくその元アイドルと結婚してからの動きがおかしい」 「こいつが黒幕ってこと？　金を出すにしても銃なんか買ってどうする気だ？　…でしょうか？」 「金を出しているのは確かにこいつだろうが、服部は銃なんかいらない。パイプもない。となると、もうひとつ」 　もう片方のPDFを開くとなんとも雑な長方形と正方形があり、正方形に手書きで「元店舗」と書か れていて、長方形の道に面した方面に「ごみ」とあり、奥に配置された机の横に点線で四角が記されている。 「なんだ、これ…」 「そっちはまだ調査中だった。おそらく地下倉庫があるのだが把握できていない」 　二ページ目にスクロールするとおっさんの写真が連なった。真ん中に雪平里香という唯一の女がいる。服部武夫と線が繋がっているので、これが若妻だ。服部の下に息子の写真もあるが、中学か高校の卒業アルバムの写真のコピーに×印で「死亡」と書かれている。ちょっとだけ、こいつら資料を作りながら遊んでいるな…。 「その廃屋が例の家具屋が元々あった場所だ。今は都内にいくつか店舗を構えている柳葉って奴が社長。で、クソアイドルの芸能事務所の社長、藤原って奴は柳葉と高校時代の同級生だ」 「なるほど。つるんでいるかもな」 「ところが二人は学生時代から犬猿の仲で、唯一の稼ぎ頭だった雪平を誑かしたのが柳葉だ。一時的に引退はしていたものの、服部の金で若妻はウェディングドレスのデザインを始めたんだな。それでもうひと稼ぎしようと藤原が働きかけてたところに、柳葉が声を掛け遊びや旅行に連れまわし、当然夜も共にして、商品価値を無くしてしまった」 「ドイヒー…」 　茫然と呟く、柳葉という男は毎日日サロにでも通っているのか、こんがりと日焼けして、全部インプラント的な白い歯を見せて笑っている。一応社長だし金持ってるし、肌も黒くて性欲逞しそうな男なら、アホな女の子はイチコロだろう。 「さらにな、若妻の元マネージャって奴が、どうも反グレとつながっているようで調査中だ」 　元マネージャー？　あった、『金井丈　38歳』。人のことは言えないが性格が悪そうな顔をしている。藤原も性格が悪いというか、卑屈な感じが漂っている。柳葉と犬猿の仲というが、キャンキャン喚き合って喧嘩するより、藤原が陰口を叩いて距離をとっていそうな感じだ。――藤原、会社でもきっとそんな感じでネチネチ嫌味を言って嫌われるタイプだったかもしれない。だとすると藤原と金井、性格悪そうということで一致はするが、お互いに嫌いあっていたかもしれない。 「金井は藤原に嫌気がさして、唯一の稼ぎ頭をエロ爺に差し出したりしたかもしれん…すね」 　デカパイは再びタバコを咥えて「なんだそりゃ？」という顔をする。条件反射で火を点けて差し上げる。デカパイがハンドルの頂点に手を当て、底辺に乳を置く。やっぱり重いのだろうか。 「そういえば、反グレのパーティなんかに服部の姿があったとき、金井が近くに居たな……」