24 / 36

24 明け方

     *  誰かの足音で目を覚ました。複数人の足音だ。身内の者だったらよいのだが、差し押さえやいわゆる突入のような喧噪はないから期待するだけ無駄だ。床に倒れているようだが、先ほどの倉庫ではない。意識を失っている間にどこかへ移動したようだ。身体を動かしてみるが、手は後ろで手錠されているようだ。足を動かしてみると、わずかながら両足のつま先に感覚があることがわかる。品川がひと思いに殺してくれるのかと思ったが、胸に充てられた銃口を下へ向けた。左足に風穴が空いたところまで見た。顔もひたすら殴られた。手当というよりは目隠しだろう、目を開いても何も見えない。Sの金井、自分で痛めつける分には興奮するのだろうが、他人に先んじられると面白くないということだろうか。  上ではなく、今度は壁の向こうから足音が聞こえ、ドアが開かれる。誰かが忍び足で近寄ってくる。タプンとペットボトルを手にしているような音が聞こえた。 「み、水飲みたいか?」  暗闇で絶叫していた若い男だ。 「……トイレに行きたい」  そういうと少しの間があって、身体を起こしてくれた。 「そんな足で歩けるのか?」  そう思うなら手を貸してほしいところだが、表情が見えない場合は交渉も難しい。あるいは目隠しを外してもらえるかと期待したが、すっかり臆病になってしまった若者は、後ろから銃かなにかで突っつくようにして誘導するだけで、目論見の間取りや状況把握にはつながらなかった。  トイレに辿りつくと目隠しを外してもらえたが、手錠は右手のみの開放だった。手錠に繋がれた左手は思うように動かない、骨折はしていないだろうが、筋肉にかなりのダメージを受けたようだ。手錠の先を若い男に握られたまま用を足す。sこかしこが痛むが、血尿はでないので内臓に損傷がないことはわかった。  銃弾は左太腿に受けていた。かなり出血があったのか、包帯の下は黒く血に染まっている。止血のつもり脚の付け根のあたりも紐状のもので縛られていた。動いたせいか、包帯に赤い血が広がった。このままだと失血死と言う可能性もある。  用が終わるとまた目隠しのタオルをきつく結ばれた。先ほどの部屋から距離はないものの、通路としての廊下の幅や、服部邸ではないかと思われた。やはりガオガーと服部は繋がっているということだ。血が滴り足の裏にヌルリとした感覚があり、歩きにくい道のりをゆっくりと歩きながら考えた。この事件の真相がわかったところで救われるわけでもないのに、考えてしまう自分がおかしかった。  部屋に戻って、柱か何かを挟むように、後ろ手で手錠をされる。 「金井はもうここへ来ているのか?」  そう尋ねると、若者がビクリと反応するのが分かった。 「あ、あんた警視庁の人じゃないのか? 柳葉社長が釈放されたこと知らないのか?」 「柳葉が?」  証拠はないので釈放されるだろうとは思っていたが、交流期限前にというのは少し驚いた。陽動作戦だろうか? 尾行班をつけていてくれたら有難いのだが。 「金井さんが戻ってきたタイミングで、柳葉社長もこっちにきたからもうてんやわんやで…あ……」  口を滑らせたことに気づいたのか、拘束を厳重に確認すると部屋から出て行ってしまった。    耳を澄ましてみたが、物音ひとつもしない。庭から眺めた服部邸はかなりの広さがあった。二階はないが、地下があってもおかしくない。先ほど足音が上から聞こえた理由はそういうことか。陽射しの温もりも感じないから、おそらくここは地下だろう。  権藤はどうしただろう。ケイという人間と鉢合わせて、うまく本庁へ連絡することはできなかったかもしれない。落ち着きがないところはあるが、悪運は強い気がするからなにがあっても逃げ延びているだろうが。  雪平里香の元マネージャの金井が銃取引を先導している。家具屋『ガオガー』社長は知らずにブツを運んでいた。雪平里香は末期のジャンキー。服部邸とガオガーに出入りするケイという若者……。銃器の前に覚せい剤の密売をしていた可能性もある。あの症状からいって、今も……誰かの……。  眠い。  何を考えようとしても、長く続かない。おそらく、出血のせいだろう。

ともだちにシェアしよう!