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26 ヒーロー参上
*
不意にドアが開いて大股で足音が近寄ってくる。ついに終わりか――。
遠のきかけていた意識が戻る。そばに来てしゃがみこむ気配があった。
「なぜだ?」
呟くような声だった。
「くそ、怪我してんじゃねぇか」
目隠しのせいで表情はわからないが、低く唸るようなその声は殺気に満ちていた。それからモゾモゾと動くような気配があり、股関節のあたりでぐっと抑えるような感覚が走った。
「ったく、止血になってねぇわ」
その声で、気が付いた。徳重? でもまさか、ここに来る理由がない。止血し直してくれたのか、少し間があり、頬に手が触れた。
「ザッシー……」
指が耳に触れ、唇に触れる。
「……勝手なあだ名で呼ぶな」
「ぅお? お目覚めかい?」
驚く様子もなく、顔をいじっていた手が髪を撫でる。
「なぜここにいる?」
「それは俺が聞きたいなぁ。こんなデカい家に座敷童はいらねぇだろ? あれ、それとも俺が知ってる座敷童じゃないのかな?」
髪を撫でていた手がふいに離れたかと思うと、胸元に掌を広げられるのが分かった。シャツの上から胸元を擦られる。
「これの、色と形でわかるんだけどな。あ、てめ、Yシャツの下にアンダー来てやがんな」
「…普通だろ」
右乳首を捏ねながら、「これじゃわかならい」と文句をつけた。大きな掌をそのまま下へずらし、臍の下まで指先が移動する。スラックスに手を突っ込まれている状態だ。
「俺のザッシーなら、茂みにあるホクロの位置でもわかるんだが」
吐息が鼻先にある。手錠さえなければ、思い切り殴ってやりたいところだ。
「見るだけなら、好きにしろよ」
鼻先に息を吹きかけられる。唇が触れた。上唇に柔らかく唇が押し当てられる。
「見るだけじゃ、終われねぇな」
腹にあった指が横へ滑り、背中に回る。渇いた唇を舌先で舐めとられ、下唇を吸われた。
夢を見ているようだ。さっきまで、この男のことを考えていたから?
腰を引き寄せられ男の熱で身体を覆われる。冷えた身体を温めるように、徳重の手が背中や腕を上下する。ハラりと目隠しが落ちた。薄暗い部屋に明かりはなく、床に徳重が置いたと思われるスマホがぼんやりと光っていた。
肩口に頬を寄せて熱をもらう。感覚を失くしていた身体に、乱暴な体温を押し付けられ少しずつ痛みや温かさを取り戻した。一通り身体を温めると髪を撫で、大きな掌が頬を覆った。
「Sのくせにどんだけ殴られてんだ、くそ」
誰に怒ってるんだ。横から抱き寄せられている状態のため、怒りを増す徳重の心音を黙って聞く。徳重がポケットから警察手帳とスマホを取り出す。
「これ、ザッシーの?」
「ザッシーはやめろ」
返事も確認せずにスーツの内ポケットにそれらをしまってくれた。
「あっちの倉庫にも行ったのか?」
「ブツは押さえてきた。がら空きだったんでこっちに来たんだが、上でなにやら大人の話してるから、うろうろしてたらここに着いた」
徳重はスマホを引き寄せてこちらに向ける。
「とりあえず、仕返ししてきてやるから殴ったヤツ教えろ」
本部で作っていた相関図と似て非なるものを出された。品川の写真があったとしても、彼に恨みはない。暗闇からのスマホ画面はやけに眩しくて目を細める。
「あー。あのメガネも拾っておけばよかったか?」
徳重がさらに画面を近づけてきて、余計にピントがあわないが、ケイがいた。
「その若者だ、×がついている……」
「え? コレ死んで……あ、孫か」
「! 服部の孫? 母親とパリで生活しているはずだが」
「え? でもコレなんでしょ?」
権藤の分も含めて殴ってほしいのは彼だ。頷いて答える。
「ははぁ、読めたな」
徳重が悪人面で奥歯まで見えるようにニッと笑った。
「エロ爺の金欲しさにこの悪ガキは戻ってきてたんだろう。若い嫁を誑かして、シャブのルートを作った。売りさばくために芸能事務所の関連に近づいていた。ところが、エロ爺におねだりする役の嫁にも与えてハンドルしてたが、ジャンキーになってしまったのは誤算だった」
徳重の腕に重心を預け、寝物語でも聞くような体制で続きを聞く。ちなみに庭から侵入したらコヨーテに遭遇したので倒してしまったが、嫁だったらしい。急所突かなくてよかったぁと呟く。
「エロ爺は怒って金も出さなくなり、人脈を紹介しておこぼれをもらっていた金井や、孫の周辺のアホは困ってしまい、同じようなルートで手に入る銃器で取引を開始しようとしていた」
なくはない筋読みだが、自転車操業だ。だが警察に押収された銃を取り戻そうなんて必死になる理由もそれなら納得できる。覚せい剤の方は、2キロが成功したら4キロ、8キロと倍々の取引を求められるから潤沢な資金と、ねずみ講並みに顧客開拓しないと回らないものだ。けれど、
「……覚せい剤取引の証拠なんて」
斜めに見上げると、斜めに返してくる。ドヤ顔にも見える。
「さっき、ブツを押さえたっていったろ?」
写真ファイルをタップして、倉庫にあった家具を見せられた。ごみだと思っていたアジアンテイストのチェストの中や椅子の裏にテープで貼られた白い粉らしき包みが見えた。
「……」
茫然と眺める。アルバムを閉じると横にあるZIPファイルを指さして、徳重が笑う。
「ご丁寧に顧客リストもあったからもらってきたぞ。あとでオマエのスマホに転送してやっからアドレス教えろ」
「……スゴイな。これ、外してくれ」
腕を揺らして手錠をアピールする。ここまでわかっているならもうここにいる必要もない。
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