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後編
「へー、君?」
「あぁ……もう、大丈夫だぞ。伊吹」
「……うん」
痛いくらい手を握られながらの言葉に答えると、伊吹は泣きながら安心したように笑った。そして、その涙に濡れた薄茶色の目を開いた。
……高校に入学してから初めて、俺と伊吹の目が合う。
「えっ……っ!?」
しばしの沈黙の後、伊吹は音がする勢いで青ざめて――俺の手を振り払い、頭から布団に潜り込んだ。
完全な拒絶に泣きたくなったが、もう二度とこんな機会はないかもしれない。そう思い、俺は勇気を振り絞って口を開いた。
「……ごめんな、伊吹。気持ち悪かったよな。もう、近づかないから……悪かった」
謝り、踵を返した俺だったが、そんな俺のブレザーの裾が不意に引っ張られた。
驚いて振り返ると、布団を被ったままだが伊吹が俺を引き留めていて――ボロボロと泣きながら、思いがけないことを言ってきた。
「違っ……おれ、おれが、汚くて……へー君のこと、汚しちゃう、から……っ」
「……えっ?」
※
それから語られたことは、胸糞が悪くなる話だった。
伊吹の母親が当時、付き合っていた男が伊吹と二人きりの時に、性的に伊吹を暴行したらしく――そのことが発覚したので母親は男を追い出し、縁を切る為と息子を守る為に隣の市に引っ越ししたと言う。
母親は伊吹は悪くないこと、そして俺に連絡するよう言ってくれたらしいが、伊吹は自暴自棄になったそうだ。それ故、俺には合わせる顔がないと連絡は取らず、一方で誘われるままに男女問わず付き合ったらしい。
「いや、汚すとかないから! 伊吹は何も、悪くないっ……むしろ俺、気づかなくてごめん」
「ううん……おれが、知られたくなくて隠してたから……でも、高校で再会して。話したかったけど、へー君のこと汚したら……って思うと、勇気出なくて」
そう言いながら、俯いてまた伊吹が泣き出す。
そんな伊吹が悲しくて、でも言葉だけだと通じないことが悔しくて――俺は布団を引っぺがし、固まった伊吹を抱きしめた。そして驚き、次いで伊吹が逃げないように抱きしめる腕に力を込めながら言った。
「ってか、汚いって言われても……俺は、伊吹が好きだしもっと触りたい。伊吹は? 俺に触られるの、嫌か?」
「……へー君」
「好きなんだ……それとも、俺じゃ駄目か?」
伊吹が俺の腕の中で、俺の告白を震えながらも聞く。
……その答えは、おずおずとだが俺の背中に回された伊吹の腕と。
「ううんっ……おれ、もっ、へー君、好き……っ」
子供みたいに泣きじゃくりながらも、返された告白だった。
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