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第9話
目が覚めると、ベッドの上に寝かされていた。拘束は解けていたが、やはり足は繋がれたまま。
自然と息が漏れた。
体は、べたべたしておらず、処理してくれただろうことだけはわかる。
「……けほ」
空気を吸い込むだけで、のどが痛む。声を出しすぎたせいだろう。
ベッドサイドにあった水差しをとり、コップに注いで飲む。体に染み渡るようにスッと消えていった。
洋は、息を吐きまたベッドに倒れこんだ。
ここはどこだろうか?と考える。昨日は興奮していたから、あまり気にならなかったが、瀬名家というのは分かるが、どこか瀬名本家とは違った雰囲気の建物だと思う。
きょろきょろと辺りを見回せば、本棚や仕事用なのかプライベート用なのかノートPCと、扉、カレンダーなどが見える。
ここは、もしかしなくても京介の部屋なのではないか?とぼんやり思う。
京介の部屋になど一度として立ち入ったことはないが。
がちゃ、と音がして扉が開く。
「……起きていてたんですか」
冷たい目で見降ろされる。彼は、どうやら執事のようだ。恰好からして、そうとしか思えないが。
京介は、居ないようだ。まぁ、そうだろう。京介にだって仕事はあるし。
洋とは長い間、一緒に居たいとも思わないだろう。海が、礼二の番でなければ捨て置かれただろう命だしな。
「シャワーを浴びますか?とりあえず、京介様が貴方様の体を拭いてはいますが」
「……寝る」
「ではお食事を」
「おい、話を聞け」
「寝る前にお食事をとらせるようにと京介様から命がありましたので」
洋の行動はすべて京介に読まれているらしい。いや、色々なパターンから想定されていたのか?
まぁ、そんなことはどうでも良いのだけど。
「……腹へってない」
「えぇ、そうだと思いまして、果物を中心にご用意させていただきました」
冷たい目とは想像もできないほど、職務には忠実らしい。洋の事を良く思っていないのは、見て分かるのに。
京介の命令には絶対服従なのだろうか?人間だから、負の感情を抱くことは当たり前にあるだろう。
ヨーグルトと果物が器に入っていて、スプーンでそれらを差し出された。
冷たい目で見つめられ続けて、はぁ、とため息を吐いて上体を起こす。
差し出されるそれに、戸惑いを覚えながら口を開いて受け入れていく。
器とスプーンだけ見ていた目線を上げてみれば、ふいに、口角を上げ、面白いものを見るような顔を彼がしていることに気が付く。
何でそんな顔をしているのか、少し疑問に思ったが、まぁ、どうでも良いか、とも思う。
「貴方は私の事も忘れているようですね」
「忘れる……?」
どういう事だ?と首を傾げて見せるも、彼は何も答えない。
彼と、どこかで会ったことなどあっただろうか?洋の記憶には京介に何をしたか、何をしようと思ったか、ぐらいしか残っていない。
顔をよく見ても思い出せない。眼鏡に黒髪、燕尾服……年は、洋たちと同じくらい。
暫く考えた後、あ、と唐突に思い出した。
「京介の取り巻き」
「そういう認識かよ、糞が」
「金魚の糞に言われたくはない」
京介の後についていつも居たような気がする。舞台の黒子のように気にしていなかったし、認識もしていなかった。
まさか、京介の執事だったとは。名前は知らないけれど。
でも、専属なら学校でも側にいたことには納得できる。
「金魚の糞にも劣る貴方様に言われたくはありません」
「はっ、言うじゃねぇか。京介の意向がなきゃ何もできないいぬっころのくせに」
「噛んじゃいけないところにまで噛みつく駄犬よりはマシでしょう」
「……マジで気に食わないやつだな、お前は。おかげで思い出した」
はぁ、と洋はため息を吐く。
京介のそばで、何かと京介の世話を焼くことに躍起になっていたのが、目の前に居る赤塚 美園。
赤塚家は代々瀬名家に仕えている執事の家系だ。幼馴染であると言っても過言ではないだろう。
そんな赤塚が気に食わなかった記憶もある。が、無気力な京介をどうにかしようと躍起になっていた赤塚を見て、お前も所詮その程度の役立たずだと内心笑った記憶がある。
「まぁ、どうでも良いがな」
「相変わらずのようで、少し安堵いたしました。京介様の手を必要以上に煩わせないでくださいませ」
「お前に関係ないだろ」
「おや、本当にそう思われますか?」
意味深な笑みで笑う赤塚に、洋は不愉快そうに眉間にしわをよせた。
いつの間にか空になっていた器を持ち、赤塚はそれでは、と部屋を出ていく。
残された洋は、深くため息を吐き、額に腕を持って行って沈む。
京介にとらえられたことは、幸運ともいうべき出来事で、だがそれに付随してくる周りが煩わしいと感じてしまう。
さて、どうするべきかと考える。今の自分に仕える手段など限られているというよりも、全て京介の手のひらの上で踊ろう予感しかしない。
「ふっ、ふふっ……くっ、はっ、あははっ」
自然と声が漏れた。京介が自分を見て、自分のすることを予測し、動いているというそれがおかしくて仕方がない。
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