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第11話

 暫く、洋は京介に抱かれる日が続いた。  アルファなのに、抱かれ続ける日々を爛れていると言えばそうなのかもしれない。  体中に広がる跡に、ふ、ふふっ、と見れば笑いが漏れる。それらが一つ一つ、京介の視線が自分に向いていた、というしるしに思えて。  だが、突然それも終わりを告げた。  中に、京介が出しながら呟いたセリフに目を見開いた。 「駿河……」 「っ、っ!!」  声を大にして言いたかった。お前の目の前にいるのは、俺だと。でも、声は出なかった。暴れ、そしてぱたりと力を失くす。  洋は、駿河に囚われている京介に絶望した。どれだけ一緒に居ても憎まれても、京介は自分など見ることはない、と瞬間、気づいてしまったから。  絶望的な声が、洋の口から洩れる。京介もそれにはどうした?と洋を見るが、洋の瞳には光が映っていなかった。  いつの間に京介が居なくなったのか、分からないほど呆然としていた。  朝になったのだろう、様子を見に赤塚が部屋に来たが、呆然とした様子の洋がその瞳に赤塚を映すことはなく、赤塚は小さくため息を吐いた。  ぶつん、と電源の落ちてしまったような洋は、ぐったりとして自分で動こうという意思がない。  はぁ、とため息を吐いた赤塚は毎日の食事の入った器を置いて、食べてくださいねと言って出ていった。  だが、洋の瞳はそれを映さないし、瞳は再び伏せられたまま。  数日、様子を見ていて変化はない。食事やその他の世話を赤塚が無理やりやっている状況。  どうでも良くなった、と言うのが真実か。  口に入れただけでは吐き出してしまう食事も、生きるための機関がまだ生きているのか、モノを入れた状態で無理やり閉じてやれば飲み込む。  ただ、それを三食などしていられない。洋は、見る見るうちに痩せこけていく。  赤塚が京介に、あそこまで壊れるとは何を言ったのか、と問えば分からない、という言葉だけが返って来る。  そう言えば、とカレンダーを見て思った。  そろそろ、京介の運命であった駿河の命日なのだと。だからか、京介はぼんやりとしていることが多い。  洋と致しているときも、ぼんやりとしていたのだろう。もしかすると、駿河の名前を出したのかもしれない。  京介に執着している洋が、自分の手を汚さずとはいえ、殺してまで引き離したかった相手が、まだ京介の中に居座っている、大きな存在だという事を知ったのか。  そもそも、洋の目的は何なんだろうか?と赤塚は考える。一貫して京介に執着しているが、何が目的か、全く分からない。  京介が洋を嫌えば嫌うほど、喜んでいたようにも見える。  いいや、違うのか。京介が、洋を睨むたびに、だ。好きな人に見て欲しい、それが歪んだ形となったというわけか……。  好き、という感情なのだろうか?喜色は伺えるのに、好色は一切見たことがない、と赤塚は思う。  初めて床を共にした時から、京介はどこか洋を気にかけているようにも思える。そして、大塚家の内情を探らせようと動いていた。  自分の母親が元々大塚家の人間だからだろうか、あまり知ろうとはしていなかったのに。  だが、大塚家は瀬名の一族でありながら、野心家であり洋の祖父の代よりももっと前から虎視眈々と権力を狙っていた。勿論、瀬名の一族がそれに気が付かないはずもなく、つかず離れずの位置を保っていた。  その中に生まれた京介の母親は、そういう家柄が大っ嫌いだったらしい。だから、現当主の弟とも仲が悪い。京介の父が運命だったのは、それこそ運命の悪戯だったのだろう。  その子供たちがこんな結果になっている、と言うのはある意味面白いが。まぁ、洋の弟である海を瀬名の母は嫌っていない。アルファとオメガの違いはあれど、大塚家に生まれた人間として似ているものがあるのだろう。  礼二の番として受け入れいている。駿河が亡くなってから、京介の両親は京介に跡取りを望むことはなくなった。礼二の子供が跡を継ぐことになるだろう。まぁ、それも何年も先の話だが。 「美園」 「京介様……おや、もうこんな時間でしたか」  おかえりなさいませ、と頭を下げれば、あぁ、と言った返事を返す京介。  洋の様子を京介が訪ねれば、赤塚は静かに首を横に振った。はぁ、とため息を吐いてそうか、と京介は言うと踵を返し、洋のいる部屋へと向かっていった。  食事の準備などをしなければ、と赤塚も京介の背中を見送りながら反対方向へと足を向ける。  京介はその足で洋の様子を見に、部屋へと入った。当然の如くノックなどはしない。  電源の切れてしまった人形のようにピクリともしないそれに、生きているのかどうか不安になる。  ベッドに座り、首に手を当てれば洋は温かくまだ生きていることを知らせた。  ほっと息を吐き、顔を見ればほんの僅か、京介を見たような洋。その瞳に光はなく、ぼんやりと空を見ているようだ。 「……洋」  京介の声に、ぴくりと洋は反応するが、特に何かアクションがあるわけでもない。  こんな状態の洋を抱けるわけもなく、はぁ、と京介はため息を吐く。  暫くそうして眺めていた京介が部屋を出ていく。  洋は京介が居なくなるとゆっくりと目を閉じた。  何も見たくない、そういう意思が強く感じられる。  京介は夕食の席に着きながら、どうするべきかと考えた。間接的、とは言え洋がそうなってしまった原因は京介にもあるのだし、洋を最終的に壊してしまったのは京介なのだから。 「それよりも京介様、本邸の奥様より託が」 「いい……どうせいつもの小言だ。また、洋について何か言って来たんだろう?」  全く、とため息を吐く京介の頭によぎるのは先ほど見た姿。母の託は無視するにしても、一度医者に診せた方がいいか、思案する。  明日、知り合いの医師に話をしてみようと思って。

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