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第15話

 「叫んでる暇あったら、腕縛って吐血しろ」   アイツが言った。  その声で冷静になれた。  僕はしっかり腕の切り口の上を縛る。  左腕の肘から先がなくなっていた。  「命助かったんや、腕の一本くらい安いもんや」  アイツは薄笑いを浮かべる。  「腕切られたより、ネズミにたかられた方がつらかったわ」  アイツはそんなことまで言って笑った。  全く笑えなかった。  ここは携帯が通じない。  僕はアイツを抱えた。  携帯が繋がるところまで行かなければ。  「まだや、まずドアを打ち付けろ」  アイツが僕に命じた。  「お前はよ病院に・・・」    僕が言いかけた言葉をアイツは目付きだけで黙らせた。  「開いてしまえば意味がなくなんねん」  そう静かにアイツは言った。  僕はアイツを下ろした。  廃材を使い、ドアをかなづちで打ちつけた。  もう、中から声は聞こえない。  やっとアイツは連れて出ることを許してくれた。   また後日、ドアを壁に塗り込むことを約束させられた。  そして、アイツはさらに言った。  僕達はこのさらに上にある自然公園で何かにおそわれたことにしろ、と。  あのホテルにはもう、誰もいれてはいけないと。  そこまで言うと、アイツは気を失った。    僕はアイツをかかえ、泣きながら携帯の電波が届く場所まて走りつづけた。    「・・・お前、もう来んな」  アイツは言った。  アイツの家に上がりこもうとしたら、玄関先で拒否されたのだ。  「・・・どないしたんや」  僕は言った。  あれから数ヶ月。  あの夜、僕達は山を下りたところで救急車で運ばれた。  僕も全身のネズミの噛み傷の治療をしろと言われたが、アイツの手術が終わるまでは、アイツが無事なことがわかるまでは治療を拒否した。  アイツが無事だと言われた瞬間、僕は気絶した。  僕の傷はたいしたことはなく、僕は翌日には退院になった。  警察に色々聞かれたが、記憶がないで逃げ切った。  警察も僕の前に6人見殺しにしている。  それに何より、この件には関わりたくないのは明白だった。  こんな「呪い」みたいな事件・・・。  しかも僕達の全身にあるのは小さな動物の噛み傷。  しかも、「呪い」とかそんな話。  警察がマトモに考えるのを拒否するのは当然だと思う。  形通りの公園での捜査が行われただけだった。  アイツも意識が戻ってから、「記憶がない」で押し通していたらしい。  僕はほとぼりがさめた頃、あのホテルに行った。  1人で行くのは怖かったがアイツとの約束だった。  ドアをコンクリートで塗り固め、その場所を隠すように広間から食器棚みたいなんを持ってきて置いた。  とりあえず、ここにドアかあるとは思えないはずだ。  あの化け物と僕が切り落としたアイツの左腕はこの部屋の中に閉じこめられたままだ。  もう、開かないことを祈るのみだ。    アイツはやはり片腕を無くしたから、すぐには退院できなくて。  リハビリ病院に入院になり、片手での生活の訓練などもあって。  おじいさんとは連絡がつかないから、僕が家族の代わりに色々することになった。     「半年は帰ってこん時もある」  アイツは言った。  どういうおじいさんなんだろう。  毎日、通った。  アイツはいいって言ったけど、僕がアイツに会いたかった。  アイツの何も入っていない左袖にいつも胸が痛んだ。    僕のせい。  僕を助けようとしたから。  僕が切り落とした。    アイツは何でもないことのように振る舞っていた。  アイツは僕に対して嫌みで、ぶっきらぼうで、薄笑いを浮かべていて・・・つまり、いつも通りだった。  そして、退院した次の日、家に行ったら・・・。  もう来るなと言われたのだ。  「正直、入院中は助かったわ。俺の家族は今おらんし、じいさんがおったところで、あまり役に立つ人やないんでな・・・でも、もうええ、もう来るな」  アイツは僕と目を合わせようともせず言った。  玄関のドアを開けたところから動こうともしないから、入れる気がないのだとわかった。  この家には僕は何日かに一回来て、謎のサボテンに水をやったり、謎の虫の世話をしたり、空気を入れ換えてりしてきていた。  でも、もう、僕をここには入れない気だ。  「ありがとう、もうええ。これ以上何もしてくれへんでええ。助かったわ、ほんならな」  アイツはドアをピシャリと閉めようとした。    ふざけんな。  僕は頭にきた。  コイツ僕を、締め出す気だ。  家からじゃない、コイツの生活や、人生から。  ふざけんな!  僕はドアを脚を入れて閉めさせなかった。  ムカついていた。  強引にアイツの肩を掴んで玄関に押し入った。  アイツの家は日本家屋で、しかも古い家だから玄関はめちゃくちゃ広かった。  後ろ手で玄関の鍵をロックした。  出て行く気なんてなかった。  この何ヶ月。  そういう話はしなかった。  寝ているアイツの唇にそっとキスしたり、そっとアイツの残った手を人目を忍んで握ったりした位だった。  だって病院だし。  アイツが退院したらゆっくり話しようとずっと待っていたのに、いきなり「もう来んな」だって?  ふざけんなや。  「・・・お前何言ってねん」  僕は肩を掴んで問い正す。  「もうええて。罪悪感で世話されるのはゴメンや言うてるんや!」  アイツが僕の目を見て怒鳴った。  本気で言ってるのがわかった。  コイツ、僕がアイツの片腕斬り落とした罪悪感だけでずっと来てたと思っとる。  このアホが。   「罪悪感なんかいらん・・・ほっといてくれ!片手しかなくても困らん。俺は頭脳労働する人間や、脳みそだけ動いたら十分やし、オナニーするのも右手があれば十分やしな!」    アイツは言った。  またコイツ何でそういう話に。  「頼む、もう来うへんといて・・・」  アイツが泣いた。    ひさびさのソイツの泣き顔。  僕はアイツの髪をかきあげる。  綺麗な顔。  子供みたいに泣いてる。   涙を流す真っ黒な瞳。  ムカつきと愛しさは、欲情に変わる。   「お前、僕が罪悪感だけで通ってると思ってたんか」     僕は囁く。  「・・・他に何の理由があるねん。俺は良かったんや。キモイ男に惚れられたと覚えられるよりは、キモイ男に色々させられたと覚えられるよりは、命助けた人として覚えてもらいたかっただけなんや。それやのに、これやったら・・・罪悪感で縛り付けるお前の重りになるやないか」  そんなの嫌や。  そうアイツは泣いた。   「俺、助ける代わりにお前にヤらしいことさせてもうたし、お前が男で勃つようにもしてもうた・・・ただ助けて、ええ風に覚えて貰いたかっただけやのに失敗した。せめて、お前の重りになんかに俺をさせへんといて・・・無理に優しくせんといて」  アイツは泣きじゃくった。  このアホの思考回路はネガティブで固定されている。  僕はもう、腹が立って仕方なかった。  「お前は何、僕がお前に優しいのはお前に罪悪感を感じてるからやと思ってんねんな」  僕はアイツの顔を覗き込みながら聞く。    「そうやなかったら、俺に優しくなんか誰がすんねん」  アイツは叫んだ。  本気で言ってるのがわかって、どうしようもない位頭に来た。  「・・・ほんなら優しくなんかしたらん」   僕は低い声で言った。  僕がアイツを思ってきたことを。  僕がそっとアイツに触れてきたことを。  僕が我慢してきたことを、アイツは否定したのだ。  悔しかった。  コイツ一度だって僕の気持ちを感じようとしてくれたことない。  僕のこと好きだって言うだけで。  僕の気持ちはいつも無視か。  僕はアイツの肩をおさえつけて、無理やり玄関に膝をつかせた。  アイツは戸惑う。  僕がこんな乱暴なことをしたことなかったからだ。  髪を掴んで頭を動かせないようにした。  そして、もう片方の手でベルトを緩め、ズボンのボタンを外し、チャックを下ろした。  もう、勃ってた。        これからすることを考えただけで、勃ってた。  取り出した。  「優しくなんかしたらん・・・口開けろ、咥えろや」  僕は言った。  

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