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ピュア 第3話

 ずっとその執拗な視線を感じていた。  アイツはオレを凝視することになんの躊躇いもなかった。  そら、授業中の教師を見ることは当然・・・、いや授業は聴くものだろう。  でも、なぜオレが板書している黒板には見向きもしないでオレを見てんの?    無表情な穴みたいな目に見られるのは・・・認めたくないけど怖かった。    ずっとずっと、何の表情も浮かべずじっと教室の一番後ろから見られるのって・・・怖いぞ。  その視線の圧力はクラス全員が感じていた。  全員がアイツからの圧力に潰されていた。  何でそこまでしてオレを見る。   オレは冷や汗が流れるのを止められない。    そうだ。  野犬どころじゃない。  巨大な熊にずっと見つめられてるみたいだ。  下手に刺激してはいけない。   普通に振る舞え。  普通に振る舞え。  オレは動揺を押し隠し、楽しく授業をし続けた。   上手く出来たとは言えない。  ほかの生徒達も緊張してたからな。  でも、何とか無事終えた。    「じゃあ、明日も来るからな!!」  オレは生徒達に笑った。  2日目だが、それでも大体全員は覚えた。    オレが教えている以上、オレが教えたとこは完璧に理解させてやる。  ・・・・・・アイツにも、しないと、な。  オレの完璧な仕事に対する熱意がちょっと凹んだ。  いや、でも、アイツ大人しく最後まで、熱心に、聞くだけは、熱心に授業を受けていたわけだし。  オレは授業を終了した後もなお、オレをみているアイツを思ってため息をついた。  さて、それでも授業は終わりだ。  オレは教科書や副読本、講義用のノート、プリントの束、それに大きな世界地図・・・今日、漢詩の背景を教えるために世界地図をつかって当時の中国について説明したのだ・・・を抱えて職員室へ帰ろうとした。  でも荷物多いなあ。  なんとかまとめて持つけど、バランスがわるい。  行きも何度か落としてしまった。  オレは誰か生徒にちょっと地図を持ってもらおうと思った時 に、ひょいと大きな巻かれた地図を誰かがオレの手からとってくれた。  ああ、言わなくても持ってくれる子がいたね、気がきくね。  「ありがとな」  オレは顔をあげて、随分顔を見上げて、なんでこんなにも見上げて・・・言った。  地図を無表情に持っていたのは・・・アイツだった。  「悪いな、持ってもらって」  オレは素直に礼を言う。  アイツは地図や、紙袋に入れたプリントの束まで持ってくれている。  オレは教科書とノートだけで楽々だ  悪い子ではないのかも、しれん。  ただ、一言も口を聞かないし、ずっと、ずっと、横を歩きながら見下ろしてくるけど。  相変わらず無表情に。  高校2年生だもんな、身体や外見見たら絶対そうは見えないけど。  まだ子供だもんな、不安定だから問題行動はあっても、いい子なのかもな。   よく見れば肌とかまだまだ子供の肌だし、厳つい身体だけど、この骨格からみれば、まだまだ身体はでかくなる。  成長途中なのだ。  子供だ、まだ。  だから、分かってないだけだ。    オレはなんか嬉しかった。  その方がいい。    本当に悪い奴なんていないなんて言える程、この世界を知らないわけじゃない。   25年は生きてるし。  でも、本当に悪い奴は少ないと思っている。  嫌いな奴は少ない方が人生は楽しい。  だろ?  渡り廊下まできた。  この先の別校舎に職員室はある。  職員室の少し手前の部屋でオレはたちどまった。  不思議そうな顔をしてアイツも止まる。   少し表情が出たら、なんか可愛い、かも、かも、しれん。  「ちょっとまって、ここの準備室に地図をおくから」  オレはその部屋のドアをあけた。    中に入る。  小さな部屋で教材や、昔使っていた輪転機などが置いてあった。  「地図、渡してくれ、ここまででいいよ、ありがとう」  オレは笑顔で言った。  ここに地図を返して、後は職員室に荷物を置いて、家に帰る。  さあ、終わりだ。  そう思った。  音がした。  ガチャン  鍵が閉まる音だった。  アイツが後ろ手で、部屋のドアを閉めていた。  へぇ、なんで?  何故鍵を閉める?  窓のない部屋。  狭い部屋はアイツを突き飛ばすか何かしない限り外へはいけない。  ・・・・・・やられた。  オレは自分が甘かったことを知った。  真っ黒な目がオレを見ていた。  飢えたように見ていた。          

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