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ピュア 第9話

 アイツは笑ってた。  ホントの笑顔だ。  冷徹な殺人鬼みたいな顔が、少年らしさを取り戻す奇跡みたいな笑顔だ。  そんな少年の笑顔で部屋をキョロキョロと見回している。  何が嬉しいんだ。  アイツが身動きする度にベットが軋む。  いや、別に一緒にベットにいるわけではない。  いくらオレでもそんな馬鹿な真似はしない。  コイツに何されたのか忘れるはずもない。  オレの部屋には椅子が一つ、机が一つ、そしてベットしかないからだ。  あとは壁を埋める本棚と本だけだ。  デカいアイツを座らせるにはベットしかなかっただけだ。  なんで布団を撫でる。    なんで布団の匂いを嗅ぐ。  「あんたの匂いがする」  何言ってんだコイツ。  でもすごい笑顔だ。  本物の。  オレは部屋に上げてしまったことをめちゃくちゃ後悔していた。  アイツは初めて女の子の部屋に行った時のオレみたいに浮かれていた。  オレもこんなんだったのかな・・・何も出来ないで帰ったけど。  いや、コイツに何かしてもらったら困るんだけど。  どうやって帰ってもらおう。  「で、話って何だ」  オレはうんざりしながら聞いた。  もう寝たい。  休みたい。    「・・・名前教えてくれ」  今日何度となく聞かれた質問だった。  名前、名前って。  「オレは授業の最初にちゃんと言ったぞ」  オレは指摘する。  「聞いてなかった。聞けばわかる。聞けばあんたの住所から電話番号から何から何までわかる。でも、あんたに教えてもらいたかった」  アイツは怖いことを言った。  「聞けばわかるって・・・それ・・・」  オレはガバガバな個人情報に怯えた。  「だから、聞かなかった。嫌だろ?オレはあんたのことはあんたの口から聞きたい・・・あんたの名前を教えてくれ・・・」  その声は甘い。  微笑みも甘い。  なんだよ、それ。  オレは頭を抱える。  コイツが個人情報等に対する意識の繊細さは持ってないことはわかった。  「名前、知りたいんだ」  でも、その言葉の真剣さだけはよくわかった。    オレはため息をついた。   コイツは知ろうとおもえばオレについて何でも調べられるのだ、それは本当だろう。  もう、名前くらいい。  コイツ聞いてなかったけど、一度は名乗ってんだし。  「    」  オレは名前をフルネームで言った。  アイツは苗字ではなく、オレの名前の方を嬉しそうに何度も何度も小さく繰り返した。  飴でも味わうみたいに、オレの名前を口の中で何度も何度も味わう。  何でそんなに嬉しそうなんだ?  意味が分からない。  「  」  名前で呼びかけられた。  何故か顔が赤くなった。    「お前、年上にむかって呼び捨てかよ!!」  オレは怒る  「『さん』づけならいいか?」  アイツは首を傾げる。  そういう問題でもない。  「で、話って?名前なら教えた。これで終わりなら帰ってくれ」  オレは投げやりに言った。  さっさと終わらせよう。  アイツは立ち上がった。  オレは座ってた椅子からずり落ちそうになった。  落ち着け、アイツはオレか嫌がることはしないと言った。   言ったんだ。       身体を強ばらせながらも見守る。  アイツはオレの前で膝をついた。   それでも椅子に座ってるオレと背が変わらないって怖い。  「注意していいか?これからは『何もしない』なんて言われても部屋に男を上げたらダメだぞ。世間知らずの女の子でも最近はそんなこと位は知ってる」  お前が言うなと言うセリフをアイツは言った。  それにオレは世間知らずの女の子じゃなく、25才の普通なら強いはずの男だ。   そっと左手を掴まれていた。  いつの間にか。  いつのばされたのかわからない。  そのオレの左手を跪いたまま恭しくアイツは両手で握った。  「オレと一緒になってくれ」  アイツは優しい声で確かに言った。  そう、たしかに。  オレの耳が壊れたのではなければ。  「ずっと一緒にいたい。オレと居てくれ。大事にする。大切にする。優しくする。あんたが欲しいものなら何でも手に入れる。何だってする。だから・・・オレと一緒になってくれ」  跪き、懇願されてる。  「何、プロポーズみたいなこと言ってんだ」   オレは半笑いで言った。    笑うしかないだろ。  何の冗談だ、コレ。  10才下の高校生にプロポーズされるんなら、せめて女子高生にしてくれ。  もちろん、断るけど。  断るけど。  ちょっと惜しいと思いながら断るけど。  さすがに高校生はマズいって思いながら断りながらも顔はにやけるだろうけど。  何故、殺人鬼かゴリラみたいな巨体の男子高校生にプロポーズみたいなこと言われてんの。  いや既に、キスとかフェラとかされてるけどさ。  「プロポーズだ。年齢的にはまだ無理だが、オレが18になったら同性婚が出来る外国で式をあげよう」  頭に蛆が湧いてるとしか言えないことをアイツは言いはじめた。  このゴリラ、なんでそんなことを言えるんだ。  どうかしてるのは知ってるが、オレが思ってる以上にコイツ、ぶっ壊れてる。  「混乱は分かる。急に言われても困るのもわかる。時間はいくらかかってもいい。でも、あんた、誰とも付き合ってないんだろ、童貞だもんな。ならオレと付き合っても問題ないだろ」  アイツはなんか言ってる。  アイツの頭の中の蛆が話してるとしか思えない。    「何で、何でオレなんだ!!」  オレは叫んだ。    オレは普通の男だ。  身長はちょっと低いし、ちょっと可愛いと言われたこともある顔しているけど、どう見ても男だし、身体だってそれなりに鍛えた身体してる。  人ごみの中にいても、誰も気にしない、そんな男だ。  何でこんな訳分からんヤツが執着するんだ、オレなんかに。  「あんたじゃなきゃだめなんだ!!」  アイツが大声で言い返す。  「理由を言え!!」  理由がわかれば断れる、オレも必死だ。  「お袋が飼ってた猫に似ている!!」   アイツの言葉にめまいがした。  コイツの頭の中の蛆は半分死んでいるんだろう。    「ふざけんな!!」  オレはアイツの顔に肘を落としてしまった。

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