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告白までの距離 第1話
そこだけ、空気が違っていた。
生き生きと騒ぎ立てるエネルギーが溢れる休み時間。
彼の周りだけは静けさがあった。
急回転するみたいに時間が跳ねて流れるクラスの中で、彼の周りだけ時間はゆっくり流れていた。
真剣な瞳は、開いた本の中の文を追っているのだとわかった。
僅かに見開かれたり、微かに微笑む口元が、その本に感情を揺さぶれているのだと知らせてくれる。
表情は微かなのに、その心は動いている。
密やかに輝く目からそれがわかる。
大笑いしているようで、感情は一つも動いていないクラスの連中とは違って。
騒ぎ笑う騒音が渦巻く教室の中で、皆が同じ時間を共用している中で、彼だけは違う時間の中にいた。
けたたましい原色の中で、彼の周りだけ世界は優しくくすんでいくようだった。
それに気付いてしまった。
気付いてしまったら・・・恋がはじまってしまった。
ポエムも始まる始まりまくる。
はじまってしまっても、オレにはどうすればいいのかわからなかった。
初めての恋で。
相手は同性だったから。
正直、彼のことはそれまで存在に気付かなかった。
オレはあまり周りが見えるタイプではない。
向こうもオレに気付いていかも怪しい。
彼もオレも・・・クラスの中では異端だからだ。
彼も本ばかり読んでいるが、オレも周りの人間が興味を持たないような小説が好きで、それを夢中になって読んでいる。
クラスメイトと話す暇などない。
オレはこのクラスになって半年たって、やっと彼を認識した。
たまたま顔をあげた先に彼がいて、気付いたからだ。
時間の流れさえ変えてしまう、魔法のような彼の存在に、心が奪われた。
オレだけにわかるスポットライト。
オレだけにわかるメロディー。
もうポエムが止まらない。
彼がオレを見たとは思えない。
見たところで、よく見れば大変綺麗な顔をしている彼とは違ってむさ苦しいオレを目にとめるとは思えない。
でも、オレは分かった。
先週、彼を見た時からこの心を占める思いがなんなのかを。
恋だ。
本でしか知らなかった、恋だ。
間違いない。
何故なら彼をオカズにオナニーしてしまったから間違いない。
文学的ではないが、ポエムではないが身体の反応は間違いない証明だった。
恋だった。
産まれて初めての、肉欲を伴った、現実の人間への恋だった。
許してくれ、マチルダ。
オレは大好きな小説のシリーズのヒロインに謝る。
まさか君以外の人間に心が奪われるなんて。
生涯君にこの心はあると思っていたのに。
でもマチルダ、初めてなんだ。
触りたいとか、匂いをかぎたいとか、キスしたいとか・・・いや、そんなものですまない位、色々想像してしまうなんて初めてなんだ。
一晩中夢中になってオナニーしてたなんて初めてなんだ。
君にそんなことは出来ないのに。
そんなことを思うことさえ、厭わしい。
もちろん彼にそんなことを考えるのも、いけないと思うのに、止められないんだ。
止められないんだ。
盗み見た、制服のシャツを着た薄い背中。
その生身を想像して、舌を這わせてしまうんだ。
それで何度もぬけちゃうんだ。
今までオレの学校での生活のありかた。
授業を受けながら本を読む。本読みながら弁当を喰う。学校の隣りにある図書館で本を借りる。本を読みながら電車で帰る。
こんな感じだった。
たまにある忌々しい体育だとか、美術だとかに邪魔されない限り、特に体育だとか、体育だとか、体育だとか、脳の代わりに筋肉を入れているような奴らのための、生きて行くためには不必要な学科以外は、本を読むためだけに学校生活はあった。
家帰ってもよむけど。
成績?
そこそこ上位だ。
本を読まなきゃいけないんだ。
ある程度の成績をキープしてればいい。
オレの人生は本の中に生きるためにある。
他の事など瑣末でしかない。
考えてみたらいい。
人は人生を一度しか生きられないけど、本を読めば何度でも色んな人生が味わえるんだぞ。
これほど豊かな人生があるか。
そう思ってた。
思ってたのに。
今は本を読んでるふりをして、彼を盗み見るのに忙しい。
長めの前髪もメガネも、本さえも、盗み見るには最適だった。
斜め前の窓辺の席の彼。
彼はオレよりは真面目で授業中は本は読まない。
だから休み時間が終わる時、ため息をつきながら本にしおりをさして閉じる姿に同情する。
わかる。
わかるよ。
読んでる途中でやめなきゃいけないのは人生最大の悲劇だよな。
授業中は真面目。
数学は苦手で、たまに頭を抱えてる。
教えてあげたい。
歴史は大好き。
特に世界史が好き。
目をキラキラさせて聞いている。
わかるよ。
わかる。
読んだ小説の時代背景に重ね合わせたりするんだよな。
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