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告白までの距離 第6話

 「拉致されそうになった?ストーカーだと?」  オレは思わず叫ぶ。  何故か同時に後ろめたい思いを感じたりもする。  いや、オレはストーカーじゃないから。  彼をおかずにはしてるけど、家とか尾行したりはないし、つきまとわないし、見るのだって一瞬で映像を脳に焼き付けている。  自分の変態性はこれでも理解している。  だが、同人に極めて良心的で、合法的な変態であると思っている。    ストーカーじゃないストーカーじゃない。  オレは彼の個人情報など何も知らないのだ。  名前と、彼を見ていて知ったこと以外は。  「うん。この前車に引きずり込まれそうになって・・・僕、こんなでしょ。小さい頃から女の子に間違われてきたし、痴漢とかされたりしてきたんだけど、まさか高校生になってもそんなことあるなんて・・・男子の制服きてるのにね」  彼は恥ずかしそうに言う。  真っ赤になっている。  少女のような容姿を彼がコンプレックスに思っていることは気付いてた。  クラスの女どもに「可愛い」と言われる度に困ったように笑うからだ。  しかし、痴漢だと・・・。  怒りが芽生える。  彼の身体に彼に断りもなく無理やり触ったのか!!  ソイツは死ぬべきだ。  相手が嫌がることなど、絶対にしてはいけないに決まっているだろうが。  マチルダだったら相手の腕を折るぞ。    マチルダは自分にセクハラかまそうとした男に向かって言ったのだ。    「勝手に触っていいと思っているのなら、こちらも勝手にさせてもらうから」  そして腕をへし折った。  モノのように扱う人間はモノのように扱うべきたとマチルダは思っているのだ。  当然だ。  彼に触った人間もそうされるべきだ。  「警察には!!」  声が尖る。    銃殺しろ、警官!!  彼がオレの声に怯える。  「言ったけど・・・注意して、としか。僕の家は母さんしかいないから、母さん仕事が忙しいから、送り迎えなんて出来ないし・・・母さんには友達に送ってもらうからって言ったけど・・・」  彼の言葉が尻つぼみになる。  ああ、わかる。  彼はオレほどじゃないが、誰とも話さないとかそういうのではないけど、それでも、友達なんていないのだ。  相談したり、お願いなんて出来る友達は。  オレは理解した。  「行こう」  オレは彼が持ってきてくれたのだろう、ベッドの上に置いてあったオレの鞄を持って立ち上がる。  「へっ?」  彼は不思議そうな顔をする。   まだ表情は堅い。  オレの声の尖り具合に驚いたままなのだ。  「・・・図書館。行くんだろ?」  オレは言った。  いつものように、図書館がしまるまで。  そして、一緒に帰ればいい。    彼は笑った。  いつもの困ったような笑顔じゃなかった。  本を読む時の、小さな輝くような笑顔じゃなかった。  ふわりと咲いた花みたいな、オレへのオレに向かっての笑顔だった。  オレはこの笑顔を一生忘れないと思った。  「うん」  彼も立ち上がった。  オレは先にあるく。  どんな顔をすればいいのかわからないからだ。  ただ今自分がバカみたいな顔をしているのはわかっている。  アホみたいにふやけているだろう顔をかくすため、先々とあるく。  小柄な彼が懸命についてくる。  ごめん、早く歩いてごめん。    でも、今、顔を見られるわけにはいかないんだ。   図書館についてからはお互い、好きな本をよんでいた。  借りて帰る本も探さないと。  ちらっと振り返ったら彼は楽しそうに本を読んでいて、オレの視線に気付いたのか顔をあげてオレに笑ってくれた。  オレは慌てて顔を逸らす。    俯く。  逃げる。  こんな顔見せれるはずがないだろう。  緩みきっていた。  書架の影に隠れてうずくまる。    オレにオレにオレに。   彼が笑っているんだぞ!!!  まさかまさかまさか、オレに笑ってくれてるんだぞ。  幸せすぎて、死ぬかと思った。  一緒に帰る時にはようやく顔に力が入るようになっていた。  今度は彼に合わせて並んであるく。  幸せだ。  誰かと歩くことがこんなに幸せだなんて。    でも、マトモに彼の方は見れないし、話しかけることもできない。  「ねぇ」  彼がのんびり話しかけてきた。  怖い。  上手く応えることができるのかと思えば怖くて仕方ない。  恐る恐る彼を見る。  ふわっとした笑顔だ。  こんなの、想像もしたことがなかった。  言葉がなくなってしまう。  「『天使の街』好きなの?」  尋ねられる。  マチルダシリーズの記念すべき第一作だ。  オレは何度も何度も読んでいる。  クラスで彼もオレの本の背表紙をみたのだろう。  人の顔など興味はないが、人の読んでる本は興味がある。  本好きなら当然だろう。  「最高だ」  オレは即答する。  マチルダの物語こそ、至高。  「刑事マチルダシリーズだよね」  さすがに良く知ってる。    「図書館にないんだよね・・・気になってたんたけど」   彼はため息をつく。  オレの好きなモノに興味をもってくれるのがこんなに嬉しいなんて。  オレは崩れないように顔の表情を固める。  「一度貸して・・・あ、駄目だよね、大事な本だもんね」  彼が言いかけて、取り消す。  オレは立ち止まる。  彼も慌てて立ち上まる。  オレは無表情のまま、鞄を開けた。  天使の街はいつでも入っている。  取り出す。  彼にむかって黙って差し出す。  「・・・貸してくれるの?」  彼がまた笑う。  おずおずと受け取り、また笑う。  嬉しそうだ。  嬉しそうだ。  喜んでくれるのか?  オレがお前を笑わせてるの?    死ぬほど嬉しかった。  会話はそれだけだったけど、オレはとてもとても幸せだった。  駅から一緒に電車に乗った。  ストーカーについて話してくれた。  図書館から駅までをずっとついてくるヤツがいることに気付いたこと、そして、先週駅までの道で車に引きずり込まれそうになったこと。  「何で僕なのかわからない」  彼は怯えたように言った。  それはお前か天使みたいに可愛いからだ、と思ったが可愛いのは彼のせいではないのだ。  そんな酷い目に遭うことのどこにも、彼の責任はない。  降りる駅を聞いたら、オレの駅の一つ前だった。  家まで送る、と言ったら彼は首を振った。  「駅まで着けられてたからもう大丈夫だよ。駅から家まですぐだし。今日は本当に・・・ありがとう」  また、ふわっと笑った。  言葉が出なくなる。  彼が驚いたような顔をした。  えっ何?  「・・・笑うんだ」  呟かれた。  顔が緩んでしまったらしい。  オレは慌てて顔に力をいれた。  危ない危ない。  間抜けな顔をしてしまった。  「ふふっ」  彼が何故か嬉しそうに笑ったけど、それが何に対してなのかわからなかった。    電車が駅についた。  「じゃあ、また明日」  彼が言った。  「・・・また、明日」  オレも言った。  こんな言葉がどれほど素敵なのかなんて、オレは知らなかった。知らなかったんだ。  彼が電車から降りていくのを見ていて、ふと不安になった。  本当に大丈夫なのか。  ここまででいいって言われたけど。  小さな背中が走っていく。  急いで家まで走るつもりなのだろう。  ドアが閉じる瞬間オレは思わず電車から飛び出していた。    彼を追いかける。    いや、これはストーキングなどでは絶対にない!!  これは彼が心配で。  家に入るのを見届けたなら帰るから。  いや、別に彼の家とか突き止めたいけじゃないから。  彼が降りていった階段を走った。  走りなれてなから胸がゼイゼイいう。  それでも彼の姿を求めて走った。  生まれて初めて、誰かを追いかけた。  階段の下に改札口がある。  慌ててそこから出る。  やたらと暗い一本道だ。    彼の姿は見えない。    右に行ったのか?  左に行ったのか?  分からない。   とりあえず、右に向かった。    こんな、不合理なこと。  どっちに行ったのか分からないなら、諦めて帰ればいいのに 何でこんなこと。  それでもオレは必死で彼の小さな背中をさがした。  電話番号を聞けば良かった。     ちゃんと家についたと確認出来るように。  オレは理屈じゃなかった。  オレは探しようもないのに、一晩中でも彼を探してこの辺りをさまよい続けることがわかってた。  彼の無事が確認出来ない限り、眠れないだろう。  突き当たりの曲がり角を覗き込む。  小さな背中が見えたような気がした。  完全に息が切れた酸欠の身体に鞭打って、走った。  運動しよう。   少しくらいは。  そう思いながら。  でも、間違いなく彼だった。  彼だったのたけど。  オレはまた違う角へと走る彼の後ろからついてくる男を見つけた。  彼は気付いてない。  男は手にバットを持っていた。    マジか。    オレは走った。  全然動かない脚に罵声をあげながら走った。  運動をしてこなかった自分を呪った。  好きな子の危機に間に合わなかったら自分を許せない。     「くそぉ!!間に合え!!」  オレは怒鳴った。  オレは生まれて初めて死ぬ気で走った。  その角を曲がった時、彼が押し倒されているのが見えた。  そして、バットが振り上げられるのを。  オレは無我夢中で飛び込んだ。  オレは彼の上に覆い被さり、バットはオレの頭を打ちつけた。  そして、オレは気を失った。

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