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告白までの距離 第9話
でもこれだけではだめだ。
走行中の車のトランクを開けて飛び出したところで、死ぬか、違う車にはねられるか、だ。
確実に行きたい。
オレも彼も・・・運動能力は標準以下なのた。
オレは車の後部に当たるところの内張りも剥がす。
指で探れば、ほら、やっぱりあった。
テールライトだ。
ここから電球を入れ替えするのだ。
オレは少し電球の差し込みを左に回す。
緩んだ。
よし、外れる。
オレは電球を抜いた。
光が差し込む。
テールライトのカバーから光が差し込んできているのだ。
でも外はプラスチックのカバーがじゃまして見えない。
ポケットを探る。
スマホはやはり奪われていた。
まあ、人を拉致するなら最初に捨てるだろ。
何かないか何か。
トランクの中も探る。
スペアタイヤ、ジャッキ、十字レンチ・・・そう、トランクには工具を載せているやつは多い。
ドライバーがあった。
よし、ついてる。
ドライバーでカバーを突く。
彼に暴れるように言った。
トランクの中で暴れている音を立てさせる。
慎重にカバーを突き、ひびをいれ出来るだけ音なくカバーを壊した。よし。これで少しは外が見れる。
絶望したのは、後続の車がまったく見えないことだった。
暗闇、そうはいってもまだ灯りのあるところを走ってはいた。
オレンジの道路灯が等間隔に並んでた。
でも、助けを求められる車はどこにも見あたらなかった。
オレは兄貴に連れられていかれた有料道路を思い出す。
山を超える道。
地元の人達は確か無料なんだよな。
多分、そこだ。
時間から考えても、そうでないとこんなに車がないなんて街中ではありえない。
山だ。
山に向かってる。
オレは必死で思い出す。
何かが記憶にひっかかる。
そうだ、あの時、オレはこの道を兄貴の車にのせられてはしってて吐いた。
兄貴に罵られた。
新車にぶちまけたからだ。
何で吐いた?
そこだ。
オレは思い出す。
いける。
いけるはずだ。
おそらく、有料道路のおわりは山の私道になるはずだ。
そこに行くまでに脱出しないと民家も車も通らない場所になる。
「もうすぐトンネルをくぐる。4つ目のトンネルを潜ったらものすごく狭くて急で、デコボコした道になる。そこでスピードを絶対に落とす。そこで、トランクから出て逃げるぞ」
オレは彼に囁く。
いける。
兄貴は必死でアクセルをふまなきゃいけなかった。
そこへ行くまでの急カーブの繰り返しで、車に弱いオレは吐いたのだ。
かなり集中して運転しなければならないところだ。
後ろのトランクまで気はまわらないだろう。
逃げるならここしかない。
「うん」
彼は頷いた。
しがみついてきた。
怖いのか。
そうだよな。
オレも怖い。
「大丈夫。絶対助ける。助かるから」
オレは震えながら抱きしめた。
抱きしめてもいいだろ?
怖がってるんだ。
何かにしがみつきたかったりしてるんだ。
これくらいいいだろ?
こんな時なのに、オレは幸せだと思ってしまった。
オレはやれる。
オレはやりとげられる。
そうだろ、マチルダ。
オレは君みたいにやらなけらばならないことをやりとげてみせる。
マチルダは車のトランクから抜け出し、悪を倒した。
オレは彼を助ける。
「やらなけらばならないことをやるだけ」
マチルダの声が聞こえた気がした。
やってやる。
オレはなけなしの勇気をかき集めた。
吐きそうになるの堪える。
彼にゲロを浴びせるくらいなら死んだ方がマシだ。
車は何度も何度も曲がり、オレの胃袋を揺さぶった。
「大丈夫?」
彼か心配そうにいう。
微かに差し込む灯りに目がなれて、彼の顔が見える。
オレを心配そうに見ている。
「大丈夫」
オレはゲロを飲み込み、その味にまた吐きそうになるのを堪える。
最悪だ。
トンネルは三つもうくぐった。
次のトンネルを抜けたら・・・それがチャンスだ。
オレンジの光が壊したテールライトの穴からこぼれる。
トンネルにはいった。
オレは内張りの奥に手を伸ばす。
ワイヤーを引っ張るために。
「開いたらお前から飛び降りるんだ」
オレは彼に囁く。
彼は頷く。
オレは少し笑った。
安心させようと。
しかし、ゲロを吐き出しそうになって口を抑える。
かっこつかないこと、この上ない。
オレンジの光が抜けた。
明らかに車が傾き、俺達はトランクの下方にずり下がった。
エンジンの回転する音こそすれ、明らかにスピードは落ちている。
おまけにガダガタゆれはじめた。
急な坂道をのぼっているのだ。
吐く。
吐くよ、これ。
でもオレはワイヤーを指で引っ張った。
カチリ、
トランクが開く。
でも、オレはゆっくりとトランクを開いた。
思った通り、大したスピードじゃない。
オレや彼でもこれなら大丈夫だ。
ガタン
揺れた。
くちからこぼれそうになるゲロをのみ飲み込み、彼に言う。
「飛び降りろ!!」
彼は頷く。
ほんの一瞬だけ、ほんの一瞬だけ・・・彼を抱きしめた。
ゲロの匂いかしたかもね。
もう、鼻からも出そうだからな。
彼は決意を決めた顔で飛び降りた。
彼は道路に転がったがすぐ立ち上がったのを確認した。
彼の目がオレを見る。
早く来てと。
でもオレはトランクを内側からしめた。
音がでないように、そっと。
「何故?」
閉めた瞬間、彼の目がそう言っていた。
何故、逃げないの? と
彼を置いて車は遠ざかっていく。
そして、トランクの中からオレはその辺りをガンガン蹴り始めた。
まるでトランクで彼が暴れているように。
トランクが開いたことも犯人は気付いていないはずだ。
これで、彼は逃げられる。
オレは最初から彼だけを逃がすつもりだった。
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