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告白までの距離 第10話
トランクが開いたままだったなら、すぐに逃げたことに気付かれる。
オレや彼のような運動能力が低いモノが確実に逃げるためには、どちらかが残ってトランクを閉めて、逃げてないフリをする必要があった。
オレは弱い。
とても弱い。
下手したら彼より弱い。
彼が殴られそうでも代わりに殴られてやることは出来ても、守ってやることなどできない。
二人で逃げて、追いかけてこられても、彼を助けてやることなどできない。
オレに出来ることは・・・これしかなかった。
三つのトンネルを戻れば、民家が見える。
彼がそこまで行って、助けを求めることを願った。
彼なら出来る。
彼はあれでしっかりしているのだ。
オレはトランクを蹴飛ばしなから、ゲロを吐き出していた。
思い切り吐いた。
彼を攫った変態野郎が、ウキウキとトランクをあけた時ソイツが見るのはゲロだらけのオレだけだ。
オレはそれを考えると笑えた。
笑いながら吐いた。
彼が逃げさえすれば・・・オレの勝ちだ。
オレは・・・やるべきことをした。
マチルダ。
オレはやるべきことをしたよな。
オレは笑った。
最悪な気分だけど、オレは最高だった。
彼にしてあげることがあった。
彼にしてあげれることがあった。
それが嬉しかったのだ。
身体が痛い。
バットでボコボコに殴られたからだ。
多分、肋骨折れてるし、腕とかひびがはいっていると思う。
頭も殴られて血かでてる。
草々に気絶出来たのは幸いだったのかもしれない。
トランクをソイツが開けた時の顔は、それでも思い出すと最高だった。
気絶したオレと暴れている彼が入っていると思ったら、ゲロの海とオレだけた。
臭いにやられてソイツがつられて吐いてたのも笑えた。
まあ、この臭いのおかげで、殴り殺されずに済んだのかもしれない。
ソイツはデカい男だった。
オレを片手でトランクから引きずり出せる位の。
オレはこの部屋に放り込まれた。
今度は両手両足を縛られて。
何だろう。
昔ホテルか何かだったのか、ガランとした部屋だ。
会議室位はある。
何年も使われていない廃墟なのは間違いない。
悲鳴をあげても誰も来ないだろう。
だから、ここに彼をつれてこようとしたのだ。
オレも彼も殺すつもりだったのだろうな。
オレはせいぜい殴り殺されるだけだっただろうけど、彼に何をしようとしてたのかを考えるとゾッとする。
良かった。
あんなデカい乱暴な男に彼が何もされなくて。
良かった。
本当に良かった。
そして、あの男は相変わらず、詰めが甘い。
両手を縛るなら、前ではなく、後ろ手に縛るべきだった。
そして、メガネをオレから奪うべきだった。
オレは縛られたままの手でメガネを外した。
そして、足でレンズを踏み割った。
ありがたいことに靴も脱がされてない。
メガネがなけれはオレは何も見えないけど、どうしてもレンズが必要だった。
一応片方だけを割る。
割れたレンズをつかんだ。
手を縛るのにつかっている粘着テープをそれで切っていく。
テープなんかを使うのも、素人だ。
マチルダに笑われるぞ。
「ハンパなヤツが犯罪なんかするべきじゃないわね」
マチルダなら言うだろう。
もうすぐ男はオレを殺しに戻ってくる。
臭いオレを簡単に殺せるように何か道具をとりに行ったのだ。
ゲロで服が汚れたのも嫌になったのだろう。
ゲロ吐いて大正解だ。
本物の犯罪者ならゲロなんか気にしない。
真っ先にオレを殺す。
だがあの男はただのイカレた変態だ。
つくづく・・・彼が逃げれて良かった。
オレは手を自由にすると、脚のテープも切り、ヨロヨロと立ち上がった。
ホテルのような施設だと思った時に逃げる可能性を考えついた。
もちろん、マチルダがそうした。
第5作で排気ダクトから逃げ出したのだ。
ほら、あった。
天井に排気口がある。
オレは当たりを見回す。
片方だけのメガネではみえにくかったけど、みえる。
ほら、いいものがあった。
古いビールケースと、古い椅子だ。
何だろ、多分厨房だったんじゃないか?
ここは。
オレはビールケースを重ねてその上に椅子を起きよじ登る。
排気口はネジで止められていた。
でも、問題ない。
あの男は本当に詰めが甘い。
オレはポケットからトランクで見つけたドライバーを取り出した。
オレのポケットを探ることさえしなかった。
まあ、ゲロだらけだからな。
嫌だろう。
「アマチュアなのよ」
マチルダの声がする。
本当だねマチルダ。
ネジはありがたいことにドライバーにあった。
回し、はずした。
問題は、だ。
足音が聞こえた。
あの男が戻ってきたのだ。
罵る声が聞こえる。
あの男はとても怒っている。
彼を誘拐するのも邪魔し、逃がしたのはオレだからだ。
あの男は乱暴だが、暴力自体が楽しみなタイプではない。
少なくともオレでは楽しめない。
彼を使って楽しみたかったのだ。
だから、さっさとオレを簡単に殺せるものを探しに行って今見つけたのだろう。
服も着替えたかもしれない。
オレは困った。
排気口に入るだけなのだが、入るだけなのだが、オレは・・・実は懸垂も出来ないのだ。
でも、身体を引き上げて入るしかない。
ドアがあけられた。
ええい、行くしかない!!
オレは思い切り椅子を蹴って、通気口の入り口を掴んだ。
椅子が崩れ落ち、オレがぶら下がるのと、怒り狂った男が部屋に入ってくるのは同時だった。
マチルダ!!
オレに力を貸してくれ!!
オレは必死になって這い上がる。
オレの脚をつかもうと走ってくる男。
オレは、オレは間一髪で排気口からその排気用の通路に入り込むことができた。
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