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告白までの距離 第12話

 「またマチルダかよ」  兄貴が言った。     「煩いな、ほっとけよ」  オレは兄貴を睨む。  読書を邪魔するものは例え身内でも許さない。  今日まで読書さえ禁じられていたのだ。  絶対安静って。    オレは病室のベッドで本を読んでいた。  もちろんマチルダシリーズだ。  兄貴がウザイ。  しかし、今回兄貴がドライブに連れて行ってくれていなかったならオレ達は助からなかったかもしれない、と思った。  しかし、必要な情報を記憶し、取り出せたのはオレの優秀な頭脳のおかげだよな、と思い直した。  やっぱり兄貴がウザイ。  兄貴を無視し、存在を完全に遮断して読書する。  マチルダ。  マチルダ君は最高だ。  夢中で読んでいた。  何度読んでも最高だ。  マチルダ、愛している。     恋とか愛とか違う次元で。  夢中で読んでいたから、いつの間にか兄貴が帰り、彼が隣りに座っているのにも気がつかなかった。  ふと顔を上げた時、そこに彼がいた。  居心地悪そうに椅子に座って。  オレは真っ赤になってしまった。  彼と顔を合わせたのはあの日から一週間ぶりだった。  結局オレが保護されたのは次の日、山小屋の経営者がきてからだった。  山小屋の前で倒れていたオレは高熱からの肺炎で死にかけたのだ。  腕や肋骨は折れていたし、脚にひびが入っていた。      意識が戻った時、オレは彼の名前を何度も呼んで、「彼を助けて!!」と絶叫したそうだ。  覚えてないけど。  彼はちゃんと保護されていた。  彼は泣きながら民家に駆け込み、オレを助けてくれと懇願したらしい。  その後、オレを助けるために検問がしかれたが、あの廃墟の存在は誰も知らなかったため、発見がおくれたそうだ。  私道の奥にあるその建物は、結局開業することのなかったホテルだそうだ。   地図にも存在しない。  フェンスで私道を封鎖されているため、まさかそこに入っているとはおもわなかったらしい。  あの男はいつの間にかそのフェンスの鍵を壊し付け替え、廃墟に入り込み、電気まで盗んでひいていたのだ。  廃墟からは3人の少年の遺体が見つかったそうだ。    警察が廃墟の存在に気付いて、駆けつけた時にはオレは逃げており、男は大人しく捕まったそうだ。  聞いてはいた。    聞いては。    彼か無事だったと。    でも、やっと・・・会えた。  「あの・・・」  彼が震える声で言う。  オレは困る。  何を言えばいい?  何を?  「あの・・・ありがとう」  彼が泣きそうな声で言う。  なんで、なんで、泣きそうなんだ。  「僕のせいで・・・ケガして。僕を助けてくれて・・・」  彼は俯く。  気にしてるのか。  自分のせいだと。    オレが勝手にしたことなのに。      「気にするな」  オレはそうとしか言いようがない。    「でも、でも・・・君は僕の為に殴られた。僕の為に傷ついた。それに僕はどうこたえればいい?」  ポロポロと彼の目から涙が流れる。  なんてことだ。  オレは彼を泣かせてしまった。  焦る。   焦る。  ベッドサイドのティッシュの箱から掴めるだけティッシュを掴んで、彼の頬に押し当てる。    泣かないでくれ。  彼は驚くべきほどの枚数のティッシュに目を丸くして泣き止む。  「あのさ、お前、オレに何されたか忘れてるよね」  オレは言いにくいことを口にする。  オレは確かに彼の恩人かもしれないけれど、オレは加害者でもあるのだ。    「何され・・・」  彼は思い出したのか真っ赤になった。  そう、性器を弄られ、射精させられたのだ。    オレはちゃんと自分がしたことが犯罪であることは解っている。  「助けたかもな、でも、お前に加害もしてる。訴えてくれてもいいんたぞ」   本当にそう思っている。   でも、彼はしない。    助けられたと思っているから。    そんなプラスマイナスなんの意味もないのに。  「・・・ごめん」  オレは謝った。  彼を救ったからって見逃してもらうのは違うと思ってた。  「あれは・・・僕も断らなかったから・・・」  彼が小さい声で言う。    違うだろ、断れなかったんだ。  あの状況下では。  「・・・オレ、実はずっとお前で抜いてた」    オレはもうぶっちゃけてしまうことにした。    嫌われてしまう方がまし、か。  その通りだマチルダ。    コソコソおかずにするため見てる位なら、嫌われて諦めた方がいい。    「抜くって・・・」  彼はますます真っ赤になる。   「ずっと見てて、お前の裸とか妄想しておかずにしてオナニーしてた。オレだって、お前をストーカーしていたアイツと同じかもしれない。実際に手を出してしまったし」  オレは自嘲する。  「一緒なんかじゃない!!」  彼が怒鳴った。  その剣幕にオレは驚いた。  「全然違う!!君は君は僕を守ろうとしてくれた。君の命まで危険にして」  彼はまた泣いていた。  オレはまたティッシュを掴む。  「泣かないでくれ。お願いだから泣かないでくれ」  オレは必死で懇願する。  涙を拭こうとした手を振り払われる。    「僕は前から君と友達になりたかったんだ・・・」  彼は言った。  ちょっと何を言われてるのかわからない。  何、今何を言いました?  「いつも本読んでるから、図書館でも良く見かけるから・・・本の話とか出来たらいいなって思ってたんだ。僕だって君を見てた。君は気づきもしてくれなかったけど」    はい?  何ですかそれは。  「おかずとか言うし、・・・確かにあんなこととかびっくりした・・・けど、だからと言って君が嫌いになるわけがないんだ。良くわからないけど、良くわかんないけど、嫌じゃなかったんだ。痴漢とかされた時は家で吐いたりしたけど、君にされたのは嫌じゃなかったんだ!!」  彼が言う。  ただし意味が分からない。  でも、多分。    「オレと、まだ、話、とか、したい?」  オレは恐る恐る聞く。  「したい!!」  彼は真っ直ぐにオレを見て言った。  マジか。    オレと仲良くなりたいと思ってくれてたの?  まだそう思ってくれてるの?  「・・・・うっ・・・」  オレは呻き声を上げた。  嗚咽していた。  涙がでてきてとまらなかった。  「なんで君が泣くんだよ」  彼が泣きながら怒る。  「嬉し過ぎて」   オレはメガネを外して涙を拭う。  拭っても抜くも、涙は止まらない。  「話をしようよ。僕達、互いについて何も知らない」   彼は泣きながら云う。  「うん、うん」  オレは頷く。  話なんか何すればいいのか分からない。  でも、お前がしようと言うのなら話をする。  彼は泣きながら笑った。  オレも笑った。  

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