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籠の中の鳥~鳥籠 第7話

 「何を聞いたの?」  幼なじみは震えそうになる声を、抑える。    まさか、彼に接触してくるとは。  彼の存在を知らないはずなのに。  「何を聞いたのか知らないけれど、全部ウソだから」  言い切る。  跪き、彼の目を真っ直ぐに見つめて嘘をつく。  彼を失う位なら、嘘くらいなんでもない。    彼が母親の幼なじみの父親の浮気を見てしまったことが潔癖性の始まりなのに、それを黙り続けてきたのだし、大体彼自身がそのことを忘れて自分に嘘をついているのだ。     彼が傷付くことに比べたら嘘なんてなんてことない。  彼が幼なじみから離れたいと願ったなら放してやると決めている。  ならば嘘でも何でもいいから、離れたいとは思わないようにしなければならない。     「嘘?」  彼の目に光が戻る。  「うん。確かに君に告白する前付き合ってた。だって君が僕を受入れてくれるなんて思わなかったから。でも、すぐ別れた。君がわすれられなくて」  幼なじみはすらすらと嘘をつく。  丁度いい。     彼が出来るだけ考えないようにしながら、セックスに慣れている幼なじみに他人の存在を感じているのはわかってた。    実態は彼が想像しているよりも酷いモノだ。  何人いたのかも分からないし、一晩に一人とも限らなかったし、何人も同時にさえしたこともある。  彼を抱けない飢えは凄まじかった。  あの少年の存在など可愛いモノだ。  でも、彼はそう思わないだろう。  だから彼に受け入れやすい過去をこの際作って、受け入れさせよう。  潔癖だから、受け入れ難いかもしれないけれど、これだけセックスに慣れてる自分がまさか童貞だったとは思ってはいないだろ。  「付き合ってたんだ」  それでも傷付いたような目を見せる。      可愛い。    嫉妬だ。     たまらない。  笑ってしまいたくなるのを必死で堪える。  「少しだけ、ね。でも君じゃないから別れた。でも納得してくれていないんだ。それ以外は嘘だよ」   目を見つめて、誠実そうに言う。  彼は嘘など見破れない。  何故なら、幼なじみを信じたいから。  「嘘?・・・じゃあ、喫茶店の男の人は?」  彼は涙をためた目で言う。   幼なじみは内心焦る。  喫茶店のあの様子を見られたのか。  だから家の近所は嫌だと言ったのに。  あの男は家に来たがった。    「あの人は親父の仕事相手。あの人はゲイだから、好きな子が男の子だって相談したことがある。ちょっと距離は近いけどいい人だよ。そういうのじゃない」  嘘をつく。  あの大人との爛れた一週間について彼は知らなくていい。  彼へのお土産を沢山持って帰ってきた父親の取材旅行中に何があったかなどしらなくもいい。  後ろでイくこと、中だけでイくことを教えられた夜のことなど知らなくていい。  「違うの?」  彼が震えながら言う。  少年に何を言われたのか。     多分事実だ。  でも、そんなこと信じさせるわけにはいかない。  彼が信じていいのは一つだけ。  「君だけだ」  これだけは真実。  「君を諦めようと思ったこともあった。君はセックスとか嫌いでしょ。だから、少し他の人と付き合ったりもした」  これは嘘。  諦めようとしたことなどない。  一度もない。    潔癖性でさえ煽った。  彼を他の人間から切り離すために。  それに彼とするまでセックスした人間の数など覚えていない。  男も女も関係なく見境なしにしていた。  彼に知られてはならないことだ。  もう彼だけだ。  彼さえ手に入れば、もう他なんて意味がない。  「それだけ。僕は君だけだ。信じて」  これは本当。     彼が本当に望まないならセックスさえしなくていい。  こんなに欲しくてたまらないのに、我慢するのも彼だけ。  まだ最後までしていない彼とのセックスか、誰としていた時よりも最高なのだ。  「オレにはお前だけなのに・・・お前はそうじゃない」  ホロホロと流す涙が愛しい。  舐めてやりたい。    嫉妬してくれていることがたまらなく嬉しい。    独占したいと思われていることが。  でも触れない。    彼の許可なしでは。  「ごめんね。ごめん。でももうお前だけだから」  優しく囁く。  決して触れない。  「嘘なの?」  信じたいと思う心を剥き出しにして彼が言う。  「嘘だよ。僕が言ったことだけを信じて」  幼なじみは真っ直ぐに彼を見つめて嘘をつく。  「うん」  笑顔で頷けば、安心したように笑う。  抱きたい。   けど今日は止めておこう。  他人に触れていたことは、彼には受け入れ難いことだろうから。  「ご飯作ってない・・・」  彼か泣き笑いする。  「一緒に作ろう」  幼なじみも笑う。    決して触れないようにして、ティッシュで涙を拭ってやる。  普段は誰にも指一本触れさせないこの身体を、自由に出来る夜が好き。  触れられることが苦手だからこそ、わずかに触れただけでも感じてしまうこの身体が好き。  汚れることが嫌いなのに、自分のために汚れてくれる彼が好き。    愛しさにおかしくなりそうになる。  いや、とっくにおかしくなっている。  彼を抱きたい気持ちを我慢するために何人も何人も抱き潰した。  そうしたことに後悔もない。  むしろ、あの少年や男に苛立ちを感じている。  邪魔するな。  邪魔を。  彼を最後まで抱ける日はまた伸びただろう。  でも、時間をかける。    彼の意志がなければ何の意味もないのだ。    大事な大事な綺麗な鳥。    今回、あの少年がしたことは許せない。  鳥籠の中の鳥を脅したのだ。  鳥籠にいるのは逃がさない為だけじゃない。  守るためでもあるのだ。  両親の薄汚い裏切りを忘れることを助けてきた。  汚い世界から潔癖性であることで守ってきた。  嘘で固めて作った鳥籠はそれでも彼の綺麗な心を守るのだ。  外の汚いものから。  少年を許さないと決めた。  あの男もそうだが、もう二度と関わらないようにしなければ。    笑いあい、夕食の準備を二人でしながら幼なじみはそう決めていた。  

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