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籠の中の鳥~鳥籠 第9話
「どこにもいないんだ・・・」
彼が泣く。
愛しい幼なじみを想って。
彼がずっと愛していた、ずっと想っていた男を見つけられなくて。
幼なじみは彼を見つめる。
でも、彼が探しているのは自分ではないことだけがわかる。
その目は自分を見ていない。
そんな男は存在しなかったのだ。
優しく、優しく、彼を守り、側にいた。
彼が愛してるが故に諦めようとまでした幼なじみはこの世界のどこにもいないことを知ったのだ。
知られたくはなかった。
この自分の本性など。
幼なじみはうなだれる。
「愛してるんだ・・・」
力無く呟くのはたった一つの真実。
それだけ。
それだけ。
それ以外は全部嘘。
透明な涙を拭き取ることさえ許されない。
「 」
彼が幼なじみの名前を呼ぶ。
思わず顔を上げた。
でも、思い知る。
自分を呼んでいるわけじゃない。
「 」
切ない声が叫ぶようにこの世に存在しない者の名前を呼ぶ。
泣きながら喚ばれる名前に自分が応えることなどできないことを知る。
「愛してるんだ、僕だって!!」
それでも幼なじみは叫ぶ。
自分を見て欲しくて。
でも。
愛している以外、何一つない自分を思い知る。
彼の総てを奪うだけの自分を思い知る。
彼は気付いた。
気付いてしまった。
自分が鳥籠の中にいたことに。
そこに閉じ込めてられていたことに。
籠の中の綺麗な鳥。
愛しい鳥。
「オレに構うな・・・」
切ない声が言った。
鳥は出て行く。
この鳥籠の出口は開いている。
「もう・・・オレに構うな・・・」
彼は泣いた。
その名前を呼びながら。
ここにはいない愛する人。
どこにもいなかった愛する人。
その名前は自分のものではあっても・・・自分の名前ではなかった。
うなだれたまま、立ち上がり部屋を去る。
鳥籠の中にもう鳥はいない。
彼と幼なじみの距離は離れた。
幼なじみの方が前に距離を取ろうとした時は、それでも幼なじみは彼を拒絶はしなかった。
幼なじみに彼を拒絶できるわけがないのだ。
でも今距離をとり、拒絶しているのは彼だった。
ショックは凄まじかった。
彼以外を抱いている姿を目の当たりにしたのだ。
しかも、彼を抱く時のように服を脱がせ、触れる様子を見、他の人の中で出す姿を見せつけられた。
しかも、幼なじみはその相手に酷い言葉を吐きかけて、侮辱しながら犯した上に、脅すための写真を撮っていた。
犯罪だった。
自分の信じていた、大好きだった幼なじみはどこにもいなかったのだ。
触れられることも、恐ろしくてたまらないセックスも、大好きだったからこそだった。
信じたからこそだった。
なのに、大好きだったその人はいなかったのだ。
自分の身体を弄っていたのは、誰とでもセックスできる、ひどい男だった。
彼は幼なじみ以外と出来るはずがなかった、そんなこと考えるだけで気分が悪くなった。
自分ですらしたことがなかったのだ。
なのに。
幼なじみは。
慣れたように無理やり少年を犯す姿に吐き気がした。
汚い。
汚い。
嘘。
嘘。
嘘ばかり。
彼は幼なじみ以外触れられない。
だけど幼なじみは、誰にでも、彼に触るように触れることも、酷く犯すことだって出来るのだ。
沢山の身体に挿れられたモノを突っ込まれ咥えさせられたのだと思った、その晩彼は吐き続けた。
汚い。
自分も汚れたように思った。
憎い。
そう思った。
そして、愛していた、実在などしていなかった人をおもって泣き続けた。
その日から幼なじみをその目に映さなくなった。
見ない。
見えない。
愛した人がいないなら、今いる者も見たくなかった。
幼なじみは、彼を見つめ続けていた。
話かけることも、距離を縮めることもなく、ただ泣きそうな目で彼を見つづけていた。
綺麗な茶色の瞳が見えたなら、彼も苦しんだかもしれない。
それは愛した人と同じ目だったから。
でも、彼は見ない。
もう酷い男のその姿は見えない。
それでも、毎晩のように弄られた身体は、夜毎疼いた。
教え込まれた淫らさに、吐き気を催しながら、それでも、穴に指を伸ばしてしまった。
もう、前だけではイけない身体にされていたから。
泣きながら穴を弄り、虚しく達し、その汚らしさに泣き、その後吐きさえした。
夢を見れば夢の中で、実在しなかった優しい愛しい者に甘える夢を見た。
会いたかった。
会いたかった。
セックスではなく、触れないように毛布で巻かれ、毛布の上から抱かれて眠る夢を見た。
夢の中なのに眠っていた。
それは奇妙な夢で、甘かった。
優しさに包まれていた。
そこには幼なじみがいた。
一緒に育って笑いあい、誰よりも知っていると思っていた幼なじみが。
どこにも本当はいなかった幼なじみが。
目覚める度、吠えるように泣いた。
会いたくて。
その存在は死よりも遠い。
存在していなかったのだから。
現実では見ないようにしていたから、幼なじみが消えたことにも気付かなかった。
幼なじみは学校から消えていた。
そう、向かいに住む家からも。
訪ねてきたのは幼なじみの父親だった。
幼なじみに良く似た父親が彼は好きだった。
背の高い優しげな父親は、スマートでカッコ良かったからずっと憧れていた。
もちろん、人の良い自分の父親は大好きだったし尊敬していた。
母親が「熊さん」と愛情をこめて呼ぶずんぐりむっくりな父親をとても愛してはいたけれど、売れっ子作家で俳優みたいな幼なじみの父親のことは子供の頃からカッコイイと思っていた。
幼なじみの父親も自分の息子と同じ位、彼のことを可愛がってくれたのだった。
むしろ、自分に似すぎてソツのない息子より、人と上手くやれないような彼に構ってくれていた。
触られることを嫌がるような可愛げのない子供なのに、とても可愛がってくれたのだ。
二人が高校生になると、それでもセーブしていたらしい仕事を全開でするようになり、ほとんど家に帰らなくなってしまったけれど。
それは幼なじみと彼を信用してくれていたのもあると思っている。
二人でいれば大丈夫だと。
「お前たちはお互いかいれば満足なんだな」
幼なじみと二人でいるのをみる度、良くそう言って笑われたものだった。
「喧嘩でもしてるのか?お前たちでも」
父親は第一声で言った。
彼は俯いた。
言えるわけもない。
身体を重ねていたときはそれを悪いことだとは思わなかった。
幼なじみと彼は別の身体を持ってはいても、同じなのだとどこかで信じていたから、身体を繋げること自体への罪悪感はなかった。
セックス自体への恐怖はあったけれど。
でも、今、それか正しかったなんて思えない。
「・・・お前たちでもケンカするんだな・・・。学校の先生からお前達がこのところ一緒にいないと聞いて驚いたよ。とにかく、アイツがどこにいるのか知らないか?この一週間学校にさえ来てないらしい」
いつもデキた息子を信用して、放置していた父親が焦ったように言う。
彼は驚く。
彼は完全に幼なじみの存在をシャットアウトしていた。
姿も声も、誰かがよぶその名前さえ。
誰かが幼なじみについて話すことさえ聞かなかった。
先生が何日か前、何か聞いてきたのを無視したのはこれだったのか。
だから気付かなかった。
「知らない、のか。家にも帰っていないらしい」
父親は彼の顔からそれを読み取る。
彼は戸惑う。
幼なじみはどこに?
どうして?
なぜ?
「心配するな。アイツはしっかり者だ。何が考えがあるんだろう。お前とケンカしてヤケになってるだけかもしれないがな。許してやってくれ。アイツはお前がいないと駄目だからな。お前達はたがいがいればそれで満足なんだろ」
父親は幼なじみそっくりの笑顔で笑った。
同じ色合いの綺麗な茶色の瞳。
「あの子達は互いがいれば満足なんだよ」そういう声を、この家で聞いた記憶が突然蘇った。
それは、何故か不快さを伴った。
リビングで幼なじみの父親とコーヒーを飲みながら、いつもは感じない不快感に戸惑った。
この人といて嫌だなんて思ったことはなかったのに。
そこに久しぶりに帰ってきたのは彼の母親だった。
母親も最近は職場ちかくに借りたマンションから帰ってこない。
母親も二人の子供を信用しているのだ。
「ただいま・・・あら、来てたの」
母親は、幼なじみの父親に気付き気さくに笑う。
母親は幼なじみの母親の親友だった。
学生時代からの。
幼なじみの父親とも付き合いが長い。
だから、二人もずっと友人だった。
親友が死んでからは母親は妻を亡くした幼なじみの父親に、力を貸してきた。
戦友なのだと、彼の父親、自分の夫に言っていた。
失った大切な人の残した者をまもる、戦友なのだ、と。
「久しぶりね」
「ああ」
二人がかわす何げない会話に何故自分は悪寒を感じているのだろう。
吐き気がする。
「どうしたの?顔色が悪いわ」
母親が心配そうに言った。
大丈夫。
そう言いかけて、気分の悪さに頭を抱えた。
何かが嫌だ。
すごく嫌いだ。
気持ち悪い。
自分を心配してくれる母親に嫌悪を感じるなんて。
どうかしてる。
「寝る」
ふらふらしながら立ち上がり、部屋に向かおうとした。
父親と母親の寝室の前を通る。
母親がクローゼットに服を置いたのだろう。
クローゼットが開け放たれていた。
クローゼット。
二人の子供。
そして、ベッドと軋む音。
男と女が獣のように互いを貪りあっていた。
剥き出しの肉欲。
獣のような声。
肉が絡み合い、ぶつかり合い、軋みあう。
それはおぼつかない知識しかなかった幼い彼には恐怖でしかなかった。
そしてそれは、彼の世界を砕く裏切りの光景だった。
二人はその肉欲を手にするために色んなものを裏切っていた。
彼が大好きな父親を踏みにじり、死んだ幼なじみの母親を踏みにじり、そして子供達を踏みにじり、裏切りながら貪りあう快楽だった。
それはあまりにもおぞましい光景だった。
肉体のためだけにここまでするのか。
なんて醜い。
彼はぞっとした。
誰かが抱きしめて支えてくれた。
溶け合うように抱きしめられるその体温だけは、貪りつながりあう肉体の汚さとは別なように感じられた。
「目を閉じて。忘れて」
誰かは囁いた。
「大丈夫。お前は絶対に汚れない」
優しい声はそう言って、強く彼を抱きしめた。
「お前だけは汚れない。お前だけは。僕が守るから」
そう言った。
そう言ったのは・・・。
優しい茶色の目をした・・・同じように怯えていたはずの幼なじみだった。
だから、忘れた。
だから、記憶から消した。
幼なじみがそう言ったから。
自分だけ忘れて、幼なじみに全て押し付けた。
子供が持つにはあまりにも重い事実を。
彼は思い出していた。
それを。
幼なじみがこれをどう処理したのかはわからない。
でも。
幼なじみはこの事実にたった一人で立ち向かったのだと言うことを彼は今は知っていた。
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