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籠の中の鳥~鳥籠 第10話
そのマンションのインターホンを何度も鳴らした。
ドアを蹴る。
「誰だ!!」
怒りながらドアは開けられた。
背の高い・・・、幼なじみと喫茶店にいた青年だ。
幼なじみの父親から住所は聞き出した。
彼は小柄な身体を生かし、その脇をくぐり抜け部屋に入る。
「おい・・・」
青年は呆気にとられて彼が部屋に入るのを止められなかった。
彼は靴も脱がずにズカズカと部屋に入っていく。
「お前誰だ」
青年は呆れたように言う。
上半身裸で、慌てて下着だけをはいたような姿。
まあ、そうだろうとは思っていた。
「 !!」
彼はその名前を怒鳴った。
幼なじみの名前を。
「出て来いよ!!帰るぞ!!」
彼は怒鳴った。
半分ひらいたドアから泣き声が聞こえた。
彼は迷うことなくそのドアを開けた。
そしてその光景を見ても目をそらさなかった。
ベッドに横たわり、泣いているのは幼なじみだった。
首や背中に、たくさんの吸われた痕をつけていた。
姿を消した一週間、ここでなのか、それともよそのどこかなのか、淫らな行為に明け暮れ続けていたのがわかる身体だった。
みだらに広げられた足の付け根にまでその吸い痕はあった。
ほんの少し前まで挿入されていたのだろう。
その身体は唾液と精液に汚れていた。
後ろの穴から精液さえ零した姿は、淫靡で、本来彼には吐き気を催すものなはずだった。
幼なじみは両手で顔を覆って泣いていた。
顔を見られることを恐れるかのように。
「・・・帰るよ。迎えに来た」
彼は幼なじみに言った。
顔を隠した幼なじみと違って彼は真っ直ぐにみつめる。
「・・・僕が嫌いなくせに!!」
幼なじみは呻いた。
「本当にオレ以外とでも平気で出来るんだな。オレとしないんだったら、誰とでもするのか」
彼は呆れたように言う。
「お前じゃなければ、誰でも一緒だ!!」
幼なじみは泣き叫ぶ。
彼の顔を見ない。
見れないのだ。
「僕は汚いんだろ・・・触られたくないんだろ・・・ならもう、どこまで汚れても一緒だろ!!」
あの優しく落ち着いた幼なじみの姿はどこにもない。
「お前・・・ホント、最悪だよな。ヤケクソになってここで抱かせてたのか、自分を。する方が好きなくせに」
むしろ、感心したように彼は言った。
「僕が嫌いなんでしょ、僕に触られたくもないくせに。僕を切り捨てたなら、もう僕に関わらないで。僕は君を追ったりしない。しないんだ」
幼なじみはむせび泣いていた。
酷く痩せてた。
それがわかった。
本当に何もかもがどうでも良くなっているのがわかった。
「お礼を言うよ。コイツを拾ってくれたのが、あんたで良かった。もっと最悪なことになってたこともあり得たから」
彼は困ったように部屋の外から彼と幼なじみをみている青年に言った。
この青年はまだまともだ。
高校生を家に連れ込んで一週間も閉じこもってはいても、その身体で楽しんではいても、まだまともだ。
本当にもっと最悪なことはあり得たのだ。
「帰るよ」
彼は幼なじみに言う。
幼なじみは顔を歪めた。
幼なじみに彼を拒否することなど出来ないのだ。
幼なじみはそれでも喜んでいた。
それでも・・・彼の目が自分を映したから。
それでも、自分に話しかけてくれたから。
そんな事だけで・・・嬉しくて仕方ない。
僕を見てくれてる。
僕に話しかけてくれている。
僕の名前を呼んでくれている。
ここにはいない、存在しなかった彼の愛した幼なじみではなく、ここにいる汚れた幼なじみを見てくれている。
「僕を許してくれるの?」
幼なじみは震えながら聞く。
そんなことは有り得ない。
「無理だ」
彼は即答した。
「でも・・・迎えに来た。迎えに来たんだ」
彼は続けた。
そしてベッドの傍らに膝をつき、ベッドの上の彼を抱きしめた。
固まったのは幼なじみだった。
彼は人に触れない。
ましてや、こんな他人の精液で汚れた身体など。
「迎えにきた」
しっかりと確かに抱きしめられ、そう言われた。
それがどういう意味なのかわかった。
彼が身体に触れさせるのも、まして、触れるのも・・・。
「なんで?」
幼なじみは泣きながら叫ぶ。
幼なじみも彼を抱きしめていた。
触れないようにする配慮もなにもなく、必死で抱きしめていた。
「オレにはお前が捨てられない。お前なんて最悪なのに。嘘ばかりだ。好きだった人がこの世に存在しなかったなんて、冗談にしても酷すぎる。・・・でも、お前がオレを守ってくれていたことは本当だった。そして、オレを愛していてくれてることも。母さんとおじさんのこと、オレにずっと黙ってたんたろ」
彼は言った。
「君を潔癖症にしたかったから。そうしたら僕が君を独り占めできるから」
幼なじみはもう、正直に言う。
思い出してしまったのか、と思いながら。
「違う。オレを潔癖症にするだけなら、むしろその事を言った方が良かったんだ。今のオレはもう、母さんもおじさんも大嫌いだ。あんなに好きだったのに。父さんにもオレはもう向かい合えない。こんな秘密をかくしてどうやって会えばいい?・・・オレは家族を失ったんだよ」
彼は言う。
そして、幼なじみを抱きしめる腕に力を入れる。
「お前以外は。・・・お前はもっとはるか昔に、家族を失っていたんだよな。お前にはおじさんも母さんも、オレの父さんも・・・違う存在になっていたんだよな。お前は子供だったのに。お前は秘密を守った。オレに忘れるように言って。・・・何故なら、オレから家族を失わせたくなかったからだ」
彼は幸せだった。
誰も憎まずに済んだのだ。
たった一人に背負わせて。
幼い子供は嘘を全て受け入れた。
大事な彼を守るために。
忘れたことは彼を歪め、潔癖症にした。
忘れてさえそうなのだ。
全ての嘘を受け入れた幼なじみにの魂を嘘が腐食させなかったはずがない。
後からどんな理由を付け加え、自分を納得させたのかはわからない。
でも、幼なじみの魂の腐敗はここから始まった。
彼を守るために。
「・・・大体何でオレが好きなのによそでセックスするんだよ、お前」
彼は聞く。
「セックスして嫌われたくなかったんだ!!」
幼なじみが泣きながら怒鳴る。
そこだ。
そこから間違っている。
「嫌われないために、よそでセックスしたり、他人でセックスの練習する方が嫌われるだろ、普通」
彼は呆れる。
「君が知らなければ傷つかないだろ!!」
幼なじみは頬を彼にすりつけながら叫ぶ。
そう、そこなんだ。
「お前が嘘をつくのは自分が嫌われないため、そしてオレが傷つかないためなんだよな?」
彼は聞く。
「それ以外に何があるの。僕はお前さえいたらいいんだ・・・僕にはお前だけなんだ・・・」
幼なじみは手放したくないように彼を抱きしめ、その頬を撫でて、無心に見つめる。
セクシャルさはなく、必死さしかそこには見えない。
裏切りを見た。
そこで家族を失った。
幼なじみにはもう、彼しかいなかった。
幼なじみの執着は・・・消去法だったのかもしれない。
嘘や罪悪感に無縁なのは忘れ去った彼だけだったから。
「許さない。でも、捨てられない。お前の歪みはオレのせいでもあるから。これから先、嘘をつかないと約束できる?・・・たとえオレが傷ついても」
両手で顔を挟み込み、その綺麗な茶色の眼を見つめながら云う。
「僕をきらわない?」
不安そうに幼なじみは言う。
「それはわからない。でも、捨てない。オレはお前を捨てられない」
彼は断言した。
捨てられるわけがない。
自分達は歪んで、歪に結びついてしまっている。
「捨てないなら・・・そうする」
これが情なのか愛なのか、罪悪感なのか、もう分からないのだ。
「帰ろう」
優しく彼は言った。
「うん・・・うん」
幼なじみは何度も何度も頷いた。
「そういうわけなので、つれて帰ります」
彼は青年に言った。
「ああ・・・」
入り口で固まっていた青年は困ったように頷いた。
「シャワー借りるね」
彼は青年に言った。
何もなかったかのように。
「ああ・・・」
青年に他に何が言えただろうか。
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