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モンスター~ピュア 第3話

 目が覚めた。  波の音がしていると思ったら、アイツの鼾だった。  腕枕をされ、抱き込まれるように寝ていた。  脚まで絡められ、逃がさないという意志を寝ていても感じさせられた。  あと、一週間。  ひと月の約束だ。  お試し期間のひと月で、オレが本気にならなければ・・・コイツはオレの前から消えると言った。  その約束は守られると信じたい。  信じたい。  信じられるよな?  一応、オレが嫌がれば最後まではしないし、てか、もうバイブまで突っ込まれてんのに最後までしてないとか言えるかは謎だけど。  コイツはオレとしてて楽しい、のか?  わからない。  やたらとセックスに慣れている。  16才なのに。  オレが16の頃は、男子校で女の子って、本当の女の子ってどんなのかなんて夢見てたんだぞ。  同級生や先輩方のエロ話も苦手でさ。    エグいのだめで。  淡い憧れを持ってるようなもんだったぞ。    そのまま今まで童貞だけど  でもどんなに解ったこと言ってたヤツでも、コイツほどセックス手慣れてなかったはずだ、絶対。  「12からしてるからな、大丈夫だ先生。先生の心配することはねぇ。全員プロだし、高級品だから病気もねぇ。先生とするための手解きを受けていたと思ってくれ。大丈夫だ、もう二度とあわねぇ」  アイツに聞いたら答えはやはりとんでもなかった。  「はぁ?12からプロ?何、ソレ!!」  オレには意味がわからない。  「ややこしい家だって言っただろ。跡継ぎのオレが下手な女に引っかかったら困るんだよ。だからオレがデカくなり始めたら早々に用意されたんだ。オレの意志じゃねぇ。まあ、女はダメだってわかって、それからは男を用意してくれたけどな」  アイツの説明はさらにわからない。  とんでもない家なのはわかった。    「じゃあ、オレなんかに変なのに引っかかったらダメだろ」  オレはそこに救いを見いだす。    オレなんか・・・普通の男だ。  コイツの家が何か知らないが、そんなとこから見れば「変なの」だろ。  「先生を変なの呼ばわりしたらソイツを殺す。オヤジでも殺す」  アイツが牙をむいた。  なんで。  なんでだよ。  なんでオレなんだよ!!  ベッドに横たわったまま、両手で顔を挟み込まれて、愛しげに顔を覗きこまれる。  宝物を手にした少年みたいな笑顔に、思わず引き込まれる。  「・・・先生は可愛い顔してるなぁ。猫みたいだ」  しげしげと眺めて、アイツは音を立てて額にキスする。  その甘ったるさに真っ赤になる。  可愛いとか、言うな。  確かにオレはそこそこいいお顔をしている。  でもそれは女の子の母性本能をくすぐる為で・・・こんなゴリラをひっかけるためじゃない。  それに、それにコイツのオレのことが好きな理由こそイカレてるのだ。  「先生・・・似てる、オレの母親が買ってた猫に似てる」  オレを自分の胸に抱き込みながらアイツは言う。  何言ってるんだ。  どんな理由だ。  母親に似てる、とかならわかる。  でも、母親の飼ってた猫に似てるから好きって完全におかしいだろ。    オレはバカバカしくてアイツの胸の中で腹を立てる。  「先生、毛逆立てておこるのも、猫っぽいなぁ」  クスクス呑気に笑われた。  背骨をなぞるように撫でられて、心地よさとは別の感覚に身体を震わせてしまった。  「先生、今日はここまでだ。してやりたいけど、これ以上は駄目。今日は仕事は休みだけど、何か色々書くんだろ。飯用意してやるからそろそろ起きようぜ」  宥めるように言われて、かあっとなった。  まるでオレがベッドに引き止めているような言い方。  違う。  違う。    お前が勝手にベッドに潜ってくるんだろうが。  そう言いながらなぜ、お前の指は乳首をなぞっているんだ。  「また怒った。可愛いなぁ」  そういうアイツの顔を殴りつけ、オレは怒りなからシャワーへ向かった。    アイツはベッドの上で、笑い続けていた。  シャワーから上がれば、サンドイッチが作られていて、ゴリラがよごれたシーツを鼻歌混じりに布団から剥がしていた。  おそらく、洗濯までして布団も干してくれる。    ゴミの分別まで終わってて、明日ゴミの日に出せばいいようにされている。  コーヒーまで湯気をたてている。  押しかけ女房、と言う古い言葉が頭をよぎる。  いや、でも、普通・・・こんな筋肉モンスターではなくて、女の子なはすだ。  だが、コイツの料理は本人が言っていた通り、確かに美味い。  しかも、なんか妙に家庭的なんだ。  サンドイッチの具、マヨネーズで和えたシーチキンとかだし。  苺ジャムとバナナとか。  母親が小さい頃に作ってくれたみたいな。  そう、家の味なんだよ。  バカバカしいくらい権力ある家の子が作る料理じゃない。  だし巻きじゃなくて、甘い玉子焼とか、この前はお好み焼きとか作ってたぞ、コイツ。  腹が鳴る。     食べるだろ、食べる!!  身体を好き放題されてるんた、食い物くらい食べてもいい。  でも、これも、あと一週間なのか。  綺麗に片づけられた部屋とか、料理とかは・・・ちょっともったいない、か、も。  でも、コイツ妙に庶民的なんだよな、家にある空き箱利用して収納とか、190センチある身体の中にはおばちゃんが入ってるんじゃないかと思う瞬間があるが、おばちゃんはあんなエロいことをしない。  「あ、ありがとう」  オレは礼を言う。  いや、不法侵入の上に猥褻行為を・・・でも、確かにお試しに賛同してしまったのはオレで・・・。  でも、飯は美味い。  美味い飯には礼を言うべきだ。  「サラダとリンゴも食べろよ」  アイツはますますお母さんじみたことを言った。  殺し屋みたいな顔で。  笑ってない時は怖い。   本人はそんなつもりはないらしいけど怖い。  冷徹な殺人マシーンみたいな顔をしている。  「お前学校は」  一応聞いてみる。  コイツは高校生なのだ。  「バカは嫌いだぞ、オレは」  学生は勉強するべきだ。  セックス三昧でバカでは何か知らんが人の上に立つものとして駄目だろう。  「古人無復洛城東   今人還對落花風   年年歳歳花相似   歳歳年年人不同」    不意にアイツが漢詩を吟じた。    それは、アイツの学校でオレが二回目の授業で・・・オマケみたいに教えた漢詩だった。  オレは面白い話や関連するエピソードなどを交えて教えるようにしているのだ。  受験のためだけじゃない面白さを知って欲しくて。  コイツ、ちゃんと覚えてたのか。  「オレはバカじゃねぇ。心配すんな。学校に行く必要がないだけだ。・・・でも、あんたの授業は、面白かった」  布団を干し終わって、オレのテーブルの前に座りながらアイツは言った。  「・・・どうも」  授業を誉められて、オレは照れてしまった。  可愛いとか、エロいとか、反応が最高だとか言われたらムカツクだけだが、これは、ちょっと、嬉しかった。  授業を受けたくないような子でも楽しめるような授業をオレはしたかったからだ。  俯いてサンドイッチを食べるオレをアイツは少し目を見開き見つめ、そして微笑んだ。  良い笑顔なんだよな、コレが。  「可愛いな、あんた。ベッドに引きずり込みてぇ」  あんたが教えてくれた漢詩によれば、人間の一生なんて儚いものなんだろ?  ならあんたを少しでも抱きたい。  高校生とは思えない口説き方をされた。  「オレのをずっぽり奥までいれて、気絶するまで突いてやりてぇ」  そう言ったのでとりあえず殴ったが、途中まで、少し本気で口説かれてしまっていたことにドキドキした。  ヤバい。  ヤバい。  一週間後、どうやってでもオレコイツを拒否できるだろうか。  恐ろしい考えか浮かび、オレは震え上がった。  オレはノートを手にとり書き始める。  子供の頃からノートに書いている。  何をって・・・まぁ、小説、みたいなもんだ。  不思議な夢みたいな話をずっと書き続けている。  読者はオレ一人だ。  オレはオレのためだけの物語をずっと書き続けている。  この時間が何よりも好きだ。  物語はオレにとってのもう一つの現実なのだ。  生きる現実も、物語もオレの自由にはならないというところでは何も変わらなかったりする。  オレはただ無心にノートに言葉を刻みつける。     溢れる音楽を歌う歌手のように。  アイツはそんなオレを、眺めていた。  何故か嬉しそうに。   目を細めて。     綺麗に整えられたベッドに横になりながら。  何をすると言うこともなく、ただオレを眺めていた。  何が楽しいんだか。  ベッドに潜り込んで好き放題はされるけれど、確かに配慮はされているのはわかってきた。  もちろんコイツなりの、だ。  次の日動けなくなるまでヤられることもないし、むしろ買い物やら家事を片づけてくれているので、時間を奪われ続けているわけでもない。  職場や取材の打ち合わせ場所的までバイクに乗せていってくれることもあるので、助かったりもしてる。  オレの毎日に自分をねじ込んできているのは間違いないけれど、オレを支配しようとしているわけではないのだ、コイツは。  オレがオレらしく生きているのを邪魔しようとはしない。  オレが書いてるものを見せろとか言ってこないし、そんな時間の邪魔はしない、ふらっと姿を消したり、オレを嬉しそうに見ていていたり・・・。  迷惑この上ないことは間違いないのだけど、楽なことはこの上もなかった。  触られたなら、怒鳴ったり喘いだりイカされたり、殴ったりなんだけど。  コイツといること自体は、信じられないことに・・・楽だった。  自分でも意外なほどに。       

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