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モンスター~ピュア 第11話

 「面白い。私を睨むか」  感情のない声でその人は言った。    闇みたいな、目。  表情のない顔。  ゾッとした。    最初はアイツにも恐怖を感じた。  でも、笑いさえすれば、アイツは年相応の少年で。  知れば知るほど、まぁ、可愛いところもわかってきて、殺人鬼みたいな顔してても、顔は可愛いとは言えないけれど、まあ、それなりにかわいく思えるようになってきたのだけど、この人は外見以上に恐ろしい人なのだとわかっていた。  「オレにアイツと離れろと?」  この人がわざわざ出張るならそう言うことだろ。  「話が早い。君は賢い。ますます、セキュリティとして雇いたいくらいだ。そういうわけにも行かないけれど」  微笑まれた。  ゾッとする笑顔。  無表情の方がマシだと思った。  「10も下の子供に手を出してどうする。君のような人間に息子といては欲しくない。誤解するな。君が劣ってるとかそういう意味ではない。君は良い人間だ。だが、息子は君のような人間を側におくのは良くないのだよ。君が良い人間で、あの子を思ってくれるから。まだ無理やり君を側においているのなら、反対しないがね」    言ってる意味がわからない。   相応しくないとかならわかる。  だけど、オレかアイツを思っているのがダメって何だよ、それ。    大体子供に手をだしたりなどしてない。  手を出されてんのはコッチだ!!  そこは声を大にしていいたい。  「せめて君が、あの子がどんなに酷い人間でも、自分には優しいからいい、とか、こんなに愛されているからいい、とか、誰に許されなくてもいいとか、そういう自分勝手な人間だったなら良かったんだが。・・・あの子は何をしても赦される。人を何人殺そうと、遊び半分に拷問して楽しもうと、何をしても赦される。だが、あの子は絶対に逃げられない。逃げられないんだよ。あの子に自由などない」  その人は優しいともいえる声で言う。  何故か、鳥肌が立つ。  「君の想像通り、私は酷い人間だ。恐ろしい人間だ。沢山殺している。そして、あの子もそうなる。私達は血塗られている。大量の死の上に私達は立つ。・・・だけど、私達は必要な存在なのだよ。あの子は私の血を引く。だから逃げられない。逃げるなら殺す」    この人の言葉は恐ろしい。  「これは親心だ。そして、君への優しさだ。君だってあの子と一緒になる気なんてなかったのだろ?・・・君はゲイでもないし、なんとなくあの子の世界と自分の世界が違うことはわかっている。君があの子といても、なんのメリットもない。君が贅沢や権力が好きなら良かったんだが。・・・それに、君か側にいればあの子は苦しみ続ける。君は人を殺すあの子を許せるか?それでも側にいてやれるのか?」  それは確かに・・・優しさなのだと、不意に理解した。  この人は恐ろしい人だか、確かにオレとアイツのことを考えて話してはいる。  オレはアイツが人を殺したら許したりしない。  出来るわけがない。    「君に責められあの子も苦しむ。辛いだろう。あの子は君が自分を思っていた頃を知っているからだ。最初から憎まれていた私と妻との間柄とは違う。私は平気だったよ。妻は私を憎んでいたから。私に向かって笑ったことなどなかったから。命令したら笑いはしたよ。家族を人質にとられているようなものだったしね。だが本当には笑ってなどくれなかった。だが、笑ってくれていたのに笑ってもらえなくなったのならどれほど辛かったかな。・・・これでも私は妻を愛していたのだよ」  無表情な男。  最初から地獄の中にいる男。    「自分の息子も地獄に落とすのか」  オレは苛立ちを隠せない。  「・・・あの子でなければ、別な子を作る。妻との受精卵はまだいくつか保管してあるしな。だがそうなったらあの子を殺さなければならない。・・・私はこれでもあの子を愛しているのだよ。なんといっても、妻が産んだ子だ。そして外見はともかくあの子の中には妻がいる。殺したくなどないに決まっている」  子供だから愛してるではなく、妻か産んだから、妻を思わせるものがあるからを愛している理由にあげたからこそ、それが本音なのだとわかった。    普通の愛とは違ったとしても。  「全て忘れろ。君には関係ない世界の、君には関係ない話だ。あの子は私とは違う。君が嫌だと言いさえすれば、二度と君の前に姿を表さない。あの子は自分が何なのかをわきまえているからね。私はどうしても妻が欲しかったがね。どんなに憎まれてでも」  淡々と男は言った。  確かに、最初からアイツと付き合うつもりなんてなかった。  お試し期間を受け入れたのも、そうしたら諦めてくれるかと思ったからだ。  そしたら毎日毎日毎日。  押しかけてきて。    人をイカせまくって、ケツにバイブまて挿れられて。  毎日毎日毎日、料理して、掃除して買い物して。  ベランダを花だらけにして。  「先生、先生」  呼びまくって、懐きまくって。  オレが好きでたまらないことを全身で示す、ゴリラ。    オレは。  確かにお前と付き合うつもりはなかった。  今の今まで。  今でさえ。  でもな、二度と会わないとか、お前と離れるとかは考えていなかったんだよ。  セックスは・・・ともかく、ともかくともかく。  最後まではしない、しない。  でも、最後までじゃなければ流されちゃう、かも。  それはともかくともかく。  オレはお前が可愛いと思ってしまってたんだよ。  だってお前一生懸命なんだもん。  ホント一生懸命なんたもん。  オレに笑って欲しくて。  たとえ色々間違ってても。    オレはヨロヨロとベッドから起き上がる。  お、起き上がれる。  記憶ははっきりしてないが、トイレに行ってた気もする。  あの、綺麗な青年に支えられて。  「帰るかい?・・・送らせよう。迷惑はかけたが仕事も何もかも、ちゃんと補償してある。君は今までどこにいたのかさえいわなくていい。全て上手く。しばらく、看護人もつける。なんならセックスを楽しめばいい」  看護人は誰かわかった。  いや、断る。  「あの子には言い含めておく。私があの子に嘘だけはつかないことを知っているし、君に絶対に危害を加えないことを母親の名に誓わさせられたから、そんな心配もしないだろ」  あの人も椅子から立ち上がった。  アイツと同じ位でかかった。    「でも、母親を誰よりも傷つけたのは私なのに、その名前に誓わせて安心するとはね。あの子らしいが」  あの人は笑った。  オレは、その人の前に立った。  デカイし怖い。  この男こそモンスターなのだ。  この男もまた自分を焼く地獄の中にいることもわかっていた。  この男も自由ではないこともわかっていた。  何か、デカイ、ヤバい、大きな、潰されそうになる大きな話で、ただ悪い悪くないとかそういう話ではないことが薄々解ってきてはいた。  この男によって流される沢山の血が必要なのだとこの男が考えていることも。    わからない。  わからない。  オレなんぞにわかるはずもない。  でも、解っていることはあった。  オレは思い切りその人の下腹を蹴り上げた。  下腹というか。  まあ、金的だ。  予想してなかったのか、まともにくらい、男はうずくまった。  あ-っすっきりした。  「黙って聞いてりゃ好きなことばかり言いやがって!!」   オレは怒鳴った。  「あのな、なんかアイツのためみたいなこととか、憎まれてた方がマシとか言ってるけどな、お前そもそも間違ってるから」  オレはこれだけは言っておきたかった。  このバカに。         

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