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モンスター~ピュア 第12話

 「お前が嫁に好かれなくてもいいのはお前の勝手だ。・・・嫁だってお前なんか好きにならなかっただろうよ。恋人がいなかろうがどうだろうが。そんなチンケな男なんかな。百歩譲って無理やり結婚したとしても、だ。嫁の恋人を殺すべきじゃなかったんだよお前は」  愛されなくていい、てのは、わからんなりにわかる。  だが、愛されないからって、その人が愛している人を殺す意味などわからない。  「そんなことをされたら・・・もう憎むしかないだろうが!!もしも、自分と引き離された恋人が、それでもいつか幸せになってくれたなら、せめて恋人だけでも幸せになれたと知れば・・・アイツのお母さんはそれだけでも幸せになったと思うぞ!!そういう人だろ!!」  アイツの中にまだいる母親はそんな人だったはずだ。  「愛してくれなくていい。嫌わないでくれれば」   切ない言葉を吐くアイツの中に母親はいる。  そんなにオレが好きなくせに、オレが嫌ならオレを諦める、そう言うアイツの中にアイツの母親はいる。   オレが最優先だ。   自分より何より。  「子供までいるんだ。恋人が幸せなら、お前が恐ろしいモンスターであったとしても、お前の嫁はお前をなんとか受け入れようとしたはずだ。許せなくても、だ。子供さえ愛せなくなるほど、骨の髄まで憎むよりは」    母親は自分を愛そうとして苦しんだ、そうアイツは言った。  優しくしてくれた、そうアイツは言った。  母親は愛そうとしたのだ。  「お前は愛されなくても憎まれないことを選ぶことはできたんた。そうすれば、アイツの母親はアイツを愛せた。アイツも・・・」  猫を抱きしめた記憶力だけを大切にして生きなくてすんだのだ。  「笑顔が見れなかったけど構わない、って?ふざけんな。少なくとも、お前は嫁が息子に笑えるようにはしてやれたんだ。お前にだって一度くらいは笑ってくれたかもしれない。お前に笑ってくれたかもしれなかったのを、自分で潰しておいて負け惜しみ言ってんじゃねぇ!!」  オレは怒鳴って・・・。  やっと自分が何をしたのかを理解した。  この人、めちゃくちゃヤバい人だよな。  それこそ人間なんて消しされるレベルの。  なんか、拷問してもとか、何とか言わなかったっけ?   しまった。  汗が吹き出す。     逃げるにしても、だこのケガした身体じゃ・・・。  うわぁ、やってしまった。    それでもドアを確認する。    いや、この場合は窓か。  動けるか、身体?  オレは呻く男から後ずさる。    窓を確認する。  3階か。  古い洋風の美しい建物だった。  雨樋がある。  雨樋伝いなら降りれる。  いつもなら簡単だが、この身体ならどうだろう。  でもするしかない。  オレは決意した。    痛む身体をひきずり、窓に脚をかけたその瞬間、腕を掴まれた。  デカイ、手。  この親子。  なんでそんなに早く回復するんだよ・・・。  金的だぞ。  おかしいだろ!!  こいつら本当のモンスターだ・・・・。!    掴まれた腕を切る。   相手の腕を内側に回るように回せば、人間の身体の構造上、掴まれた腕は離れる。  手が離れた。    よし!  この人も身体の構造は人間だ。  オレは顔面の鼻にむかって、拳を真っ直ぐ叩き込んだ。  鼻を折り、呼吸を奪えば動きは弱る。   身体の構造は人間なんだ。  多分。  パシっ  ・・・オレの拳がデカイグローブみたいな手の平の中に収まる。  その人はオレの拳をボールでも取るみたいに掴んでいた。  ・・・至近距離で。    会心の一撃を止められた。    蹴りを放とうとした。    脚を刈られ、床に押し倒された。  逃げようとしても、身体が動かない。  アイツにもやられたヤツだ。  こいつら人間の動きを奪う方法を知ってる・・・。  「とんだ跳ねっ返りだな」  アイツに良く似た顔が、間近にある。     アイツはちかくで見ればその肌は少年のモノで、そんな子供に好きにされることに頭がおかしくなりそうになるのだけど、今オレにのしかかるその人は、男そのもので・・・それが怖かった。  20年後のアイツ。  「私に襲いかかるモノなど一匹しかいなかったぞ。人間では皆無だ」  耳許でアイツに良く似た低音で囁かれる。  アイツにしっかり馴らされた身体が、思わず反応してピクリとハネる。  だって、匂いまで似てる。  アイツのにおいと・・・声・・・。  「・・・このまま犯してやろうか?男が抱けないわけでもない。息子にまで憎まれるのは悲しいが」  感情のない声はなんて恐ろしい。  ヤラレてたまるか。  オレは睨みつける。  お前なんか嫌いだ。   お前はアイツを平気で傷付けてきた。  アイツはそれでもこの男のことが嫌いじゃないのだろう。  父親だからだ。  そういうヤツだ。  アイツはそういうとこまともだからな。  愛してはくれない母親をそれでも愛し、懐かない猫を愛し続けた。  歯をむき出し、その人にむかってオレは唸った。  そのオレの顔を、目を見開きその人はみていた。  キスできるほど間近な距離で。  何に驚いているんだ。  でも、今だ。  オレは自由に動く唯一の器官、首をつかってオレの頭を相手の顔に叩きこんだ。     ドアが思い切り鳴った。  アイツが飛び込んできたのだ。  「オヤジ!!先生と二人っきりで話すなんてオレは許してないぞ!!」  怒鳴りながら入り、床の上のオレ達を見て・・・また固まった。  押し倒されたオレ。    顔面に頭を叩き込まれてる父親。  「殺す!!」  化け物が咆哮した。  オレの身体の上の巨大な身体が、一瞬でなくなっていた。  アイツが軽々と持ち上げたからだ。    「先生には手を出すなと!!あれほどまでにオレは言っただろう!!」  その声は怒りと同時に悲しみがあった。  コイツは本当に素直に父親を信じていたのだ。  父親が自分との約束を守ると。  綺麗にオレの頭突きが決まって、顔面を赤く染めた父親の首を絞めながら持ち上げるアイツは泣いていた。  「約束したのに!!」  悲鳴にその怒号はオレには聞こえた。  「待て!!」  オレは叫んだ。  父親の首を躊躇なくへし折ろうとしていた男はピタリと止まる。  「誤解だ。攻撃したのはオレで、お前の父親は自分の身を守っただけだ。お前が思ってるようなことじゃない」  まあ、大体合ってる。  言わないことがあるだけだ。  オレはお前にそんなことさせたくないんだよ。  「・・・そうなのか?」  アイツは落ち着いた。   父親をとりあえず、床に置いた。  父親はむせ込む。  この人は嫌いだ。    大嫌いだ。  だけど、この人を殺せば何とかなるもんでもない。  この人が死ねば、アイツはますます、何がわからない世界にひきずりこまれるんだろう。  それは嫌だった。  この人が生きていることが、まだコイツをこの人の代わりにさせずにすんでいるのだ。  死なせるわけにはいかない。  「お前の恋人は・・・あの猫にそっくりだな」    父親は鼻から血を拭いながら笑った。  「この私に傷をつけたのはアイツだけだと思っていたのだがな。私がお前達の離れを訪れる度に・・・襲いかかってきた。お前の母親は私から猫を離すのに苦労していた・・・」  父親の話にオレはその猫を好きになっていた。  グッジョブ!!  最高の猫じゃないか。  

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