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第13話

 「オレは触らない限り攻撃されないから好かれてたぞ」  アイツはえらそうに言うけど、それ、違うと思う。  父親はハンカチを取り出し、鼻を押さえた。  簡単には止まらないぞ。  折れてるかもな。  オレは潰す気でしたし。  「この屋敷にきて、妻が私にねだったことは二つだけだ。庭で見つけた猫を飼いたいということと、庭の昔使用人が住んでいた離れに住みたい、それだけだ。猫は・・・猫だけは彼女を幸せにした。私には笑ってくれなかったが、猫に笑う姿を見ることは出来た・・・彼女の笑顔か・・・」  父親はオレに言っていた。  オレはこの人にアイツの母親の笑顔が見れたかもしれない可能について話した。  母親が絶対にこの男を許さなかった理由は、自分の恋人を殺した男だったからだろう。  でも、殺したりせず、その恋人がいつか幸せになったと聞けたなら・・・母親は許しはしなくても、少しくらいは笑ってくれたかもしれないのだ。    猫に噛みつかれ、引っかかれ、抵抗する事さえ出来ずに一方的にヤラレてるこの男を見れば、笑うくらいはしたかもしれないのだ。  恐ろしい男が猫にやられるままになっているのは笑える。   しかもその理由が、愛する女の猫だからなら、多少の切なさもあるけど笑える。    彼女は笑ったかもしれない。  そして、恋人がどこかで幸せになったと信じられたなら、彼女はそんな男に瓜二つの息子でも愛せただろう。  そうでなくても愛そうとしていたのだ。   苦しみながら。  必死で。  この男はオレに自分の間違いを認めたのだ。  要するに、この男は。  妻に自分に笑って欲しかったのだ。  でもそれはもう二度と叶わない。  それはコイツの過ちで、そんなもの全部お前のせいだけど。  「・・・あんたと同じにはさせない」  オレはその人に言った。    なんかもう、オレを抱きしめようとしているアイツの腕を振り払いながら。  「コイツをあんたみたいにはさせない」  オロオロオレの周りを歩くアイツを手だけでお座りさせがらオレは言った。  その様子をその人は面白そうに見ていた。  「・・・君は本当に面白い」  そして笑った。    心の底から楽しそうに。  そんな父親をアイツも驚いたように見ていた。   「オヤジがあんな風に笑っているの、初めて見た」   アイツが呟く。  アイツに手を引かれて連れていかれた。  抱きかかえてつれていくと言われたけど、断る。  めちゃくちゃ広い庭の隅にその離れはあった。  母親と二人、本館ではなく、この離れに住んでいて、今は一人で住んでいるのだと。    離れの周りは花壇があった。  本館の周りのプロにより整えられた庭とは違う、素人の花好きが作る花壇だった。  アイツの母親がつくり、アイツがまだ世話をしているのだろう。  離れは小さな平屋で、豪華な本館より温かみのある建物だった。  庶民だった母親がここに住みたがったのはわかる。  ・・・田舎のおばあちゃんの家みたいだ。   ホッとする。  中は完全和室で。    手作りの座布団とか、ちゃぶ台とか。  台所と茶の間を除けば、二部屋位しかない。  空き箱利用の収納とか。     めちゃくちゃ庶民的だった。  なんかアイツの庶民臭さの理由がわかる。  父親にはないからな、この感じ。    無理やり連れて来られてたコイツの母親はなんとか、自分らしい生活をここてしていたのだ。  それにはちょっとホッとした。  ここでコイツは母親と暮らしていたのだ。   甘い玉子焼きやお好み焼きなどを母親と一緒につくりながら。  母親は優しかった。  アイツはそう言った。  アイツにはそれでも幸せだったのだろう。  猫と母親とアイツ。  アイツには時折の父親訪れも・・・嬉しかったのかもしれない。  この家はいい。  天蓋付のベットよりはるかに寛げそうだ。  アイツがお茶をいれてくれた。  デカイ手には湯飲みがおもちゃに見える。  てか、ちゃぶ台・・・お前には合わないなぁ。  サイズ感がおかしい。  「先生・・・オレが・・・もう嫌いか?オレの家・・・少しわかっただけでも・・・コレだから」  震える声で言われた。  それでも、アイツはオレを真っ直ぐに見つめた。  「お試し期間は終わった。答えが聞きてぇ」  アイツは言った。  お前、本当に真っ直ぐだよね。   オレはちゃんと答えないといけない。  オレも真っ直ぐにアイツを見つめた。  「お前の父親には離れることを進められたよ。誤解するな、あの人はあの人なりにお前のことを思ってるのは間違いない」  顔色が変わりかけたアイツに言っておく。  親子の確執をややこしくしても問題は解決しない。  「お前が人を殺しても責めずにいられるのか、許せるのか、と言われた」  オレの言葉にアイツの目に絶望が宿る。  それは知られたくなかったことなのだとわかる。  「オレに笑ってもらえたことがあるのに、もう笑ってもらえなくなるのはお前が辛いだろうと、あの人は思ったわけだ」  アイツはうなだれる。  「・・・先生に嫌われたくねぇ・・・でも、オレにもどうにもならないことなんだ。・・・オレが引き受けなければ、また別のオレが産まれさせられ、引き受けさせられる。・・・そんなの可哀想だろ」  アイツは俯きながらそう言う。  自分が逃げ出したその後の、身代わりのことまで考えてしまう位、お前は優しい。  お前はそういう奴だよ。  「お前と離れるつもりはない」  オレは言い切る。  アイツが顔を上げる。  なんだよ、その顔。  面白い顔だな。  口が開けっ放しになってるぞ。  「考えよう。二人で。本当にどうしようもないのか、他に道はないのか」  オレは言った。  お前の父親は最初から全てを諦めている。  愛されることを諦めていたから母親に酷いことができた。  でも、他にも道はあったはずなんだ。  愛されなくても、憎まれない方法が。  正しくはなくても、それでも、もう少しマシな方法が。  諦めたらだめだ。  絶望は魂を腐らせる。  「・・・ダメだったとしても、その中で出来ることを考えよう。お前を一人にはしない」  オレはアイツの手をそっと握って言った。  震えてる。  大きな手は震えてる。  お前を見捨てることなど、もう出来ない。  後悔するかもな。  でも。  「オレはお前から離れない」  オレは確かに言った。  「うぉおぅぁぁあ!!」  咆哮。  獣が吠えた。  アイツが泣きながら吼えていた。     えっと。  このリアクションは想像してなかった。  「先生ぇ!!」  その叫びは、そう言う言葉にかわった。  そんなに喜ばれても。  なんか、引く・・・。  次の瞬間、ちゃぶ台が吹き飛び、オレは畳の上に転がっていた。  「えっ?」  オレはわけがわからない。  手品のように服が脱がされた。  瞬く間にだ。  「えっ?」  アイツもいつの間にか真っ裸だ。  巨大なそれをぶっ立てている。  「えっ?」  キスされていた。    息を荒げ、のしかかられた割にはキスはとても優しいキスで。  本当に優しいキスで。  体重も身体にかけられることはなく。  アイツはそっとオレに巻かれた包帯に触れた。  弾は体内に止まり、大手術だったのだと聞いた。  上手く臓器を外れていたのでたすかったのだとも。  「本当は貪りつくしてぇけど、先生のケガに響くようなことはしねぇ。大丈夫だ。オレだってちゃんと先生の身体に負担にならないようにやれる」  アイツが言い出した。  お前それ、あの青年の言葉に意地になってるでしょ。  「ま、待て」  オレは必死でこの獣に待てを出す。  待て、と言えばいつでも待ってくれたのだ。  「待てねぇ、これだけは。先生がプロポーズしてくれたんだぜ。オヤジの前でも啖呵切ってくれたし」  死ぬ程嬉しいぜ、アイツは笑う。  オレの好きな笑顔でわらう。  オレの少年。  いや、でも違う。  オレはプロポーズなどしてない。   付き合うとも言ってない  「離れない」と言っただけで・・・。    違う。  違うから!!  そういう意味じゃないから!!    「大丈夫だ先生、ちょっとしてなかったけど、オレは先生の身体はもう良く分かってる。優しく優しくするから、な?気持ち良くなってる間に全部挿ってるぜ?」  もう指は甘く動きはじめている。  オレの身体を拓くために。    穴をなぞられ、思わず声を零す。    「ちゃんとコンドームも使うし、先生の身体の負担は出来るだけ少なくする」    甘く首筋を吸われた。  「待て!!待て!!」  オレは必死でこの大型獣に命令する。  いつもはどんな命令でも聞くのに聞かない。   「していいなんて・・・言ってな・・・」  言葉はキスで奪われた。  優しくて、優しすぎて、欲しくて欲しくてたまらなくなる、焦れったいキス。  甘く舌を吸われ、舌を擦り会わせられ、口内を舐められた。 アイツの味の唾液を飲まさせれ・・・。  「したい・・・したいんだ先生」  囁かれた。  指はもう穴を弄っている。  そこで感じる甘さはもう知っている。  自分から腰を振ってその指を味わっていた。  「先生・・・させて」    必死な声が可愛いかった。  ああ、くそ。  ああ、くそ。  オレはコイツが可愛いんだ。  最悪だ。  何でコイツなんだよ・・・。  ゴリラだし、強引だし、人の話は都合よくしか聞かないし・・・。  人の身体を勝手に開発してくるし、未成年だし。  めちゃくちゃややこしい世界の住人だし、父親はモンスターだし。  「先生・・・お願いだ・・・」  甘く囁かれて、勃起させてた自分のそこから零してしまう。  コイツの言葉でさえオレは感じる。  「先生・・・愛してる」  コイツがこういうのはオレだけだってわかっている。  コイツは本当に・・・。  「泣くな」  オレは泣いてるアイツの涙を指で拭う。  「痛くしたら殺す」  オレは言った。  もういいや。  お前が可愛い。  本当に可愛いんだ。  「しねぇ・・・するわけがない」  アイツが泣きながら言う。  いや、しかしそのサイズでは・・・。  気持ちでなんとかなるものでもないだろが。  気持ちでよけいにでかくはなっても。  「離れないでくれ」  泣きながらアイツが言った。  「・・・離れない」  オレは言い切った。    コレが愛なのかはわからない。    でもオレは。  コイツを化け物にはしない。  嗚咽するアイツをオレはため息をつきながら抱きしめた。  オレの。  オレの少年。  とうとうオレはコイツに捕まった。  オレは目を閉じる。  アイツの愛撫に身を任せる。  そしてアイツを受け入れる。    アイツを闇からつなぎ止めるために。  END   

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