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オマケ ラブソング~ピュア

 男はいつでも突然やってくる。  連日だったりもするし、数ヶ月姿を見せないこともある。  とうとう、忘れ去ってくれたのかと思いホッとするが、男は今のところ自分を忘れ去ってはくれない。  「お父さんいつ来るの?」  猫に噛まれても泣かない子供は、傷の手当てをうけながら、男に良く似た目を彼女にむける。  こんなに美しいのに光がない。  恐ささえ覚えながら彼女は優しく包帯を巻き終えた。  「いつやろね。ダメやで?もうあの子に触ったらかん。あの子は触られるのが嫌いやねん」  子供に優しく諭す。  本来なら、子供を傷つける猫の方を遠ざけるべきなのだろう。   この屋敷にはたくさんの土地もあり、猫のために敷地に家くらいあの男に頼めば建ててくれる。  子供と猫を一緒にさせるべきではない。    親なのだから。  子供を守らなければ。     でも。    でも。   あの子より猫を愛しているのだ。    私は。  「お母さん、ごめんなさい。僕が悪いんだ。僕があの子が好きだから」  敏い子供は、母親の苦痛を読み取る。  その目に悲しみがある。  可哀想な子。   母親にも猫にも愛されていない。  どちらも大好きなのに。 そして、あいされてないのを知っている。  彼女は子供を抱きしめた。  同情とすまなさなら誰よりもこの子を思っている。  死んだあの人に対するすまなさよりも、この子へのすまなさは大きいのだ。  「さわらないであげてな」  髪を撫でてやる。  優しさだけは与えられる。  精一杯の優しさを、この可哀想な子に。   「うーん。いつかきっと僕を好きになってくれると思うんだ」  子供はいつでもとても前向きだ。  それは弟に似ている。  自分を助けようとして、あの男に片手を奪われるまでの。  弟はとても素敵に陽気にギターを弾いた。  今はもう弾けない。  失われた弟の明るさは、この子を余計に愛せなくする。  愛したいのに。    その日男はいつものように突然あらわれた。  離れのドアには鍵がない。  この屋敷は要塞だ。  一番奥にあるこの奥庭に入ることさえ不可能だ。  この離れのある奥庭に自由に出入りできるのは男だけだ。  それはこの奥庭から彼女は許可なく出れないことも意味していたのだけど。  ドアを開けて入ってくる男に最初に気付くのはいつも猫だ。  真っ先に襲いかかる。    子供は触ってこない限り無視している猫は、男が現れたならどこで何をしていても、まず男を襲いにやってくる。  猫がふくらみどこかへ走り出したら、それは男が来た証拠だ。  彼女は慌てて追いかける。  何故なら昨日男が猫を殺さなかったとしても、今日殺さないとは限らないからだ。  彼女にはもう、愛するモノは猫だけなのだ。  猫を止めないと。  あの男が今日こそ猫をころすかもしれないから。    大体の場合は猫は彼女より早く男を襲ってる。  噛みつき、ひっかき、巨大な男は黙ってされるがままになっている。  慌てて引き離し、2つしかない部屋の一つに閉じ込めこめる。  そして、女は必死で謝り、男の治療をする。  男が怒っていなければいい。  本気で願う。  あの子が殺されたなら。  そう考えるだけで涙が出る。  男は優しく女が触れ、消毒し、カットバンや包帯を巻くの、その表情のない目で見ている。  女が怯えることなく自分に触れるのに、少し嬉しそうですらある。    男は駆けつけてくる子供に声をかける。  頭を撫でもする。  不思議な程無欲な子供に、それでも玩具を与えたりもする。  子供は喜ぶ。  玩具ではない。  子供は父親か好きなのだ。  この男の愛情など呪いでしかなく、この男こそが子供を地獄へ連れて行くのに。  それでも、彼女が治療している間は、夫婦、親子、に見えないこともない。  彼女はただの、男の所有物でしかないけれど。    3人で夕食を食べたりもする。  子供と男は話をする。  子供は猫に夢中だ。  男は子供の腕の包帯に目をやる。  彼女は怯える。  子供は男の大切な物だ。  猫を許さないと言ったらどうしよう。   彼女には何よりも猫が大切なのだ。  男は笑っただけだった。   自分と同じ場所を咬まれたことに。    「僕のことはそんなに嫌いじゃない」  子供は主張する。  男は笑う。  子供の言葉は否定せずに。  彼女はその微笑ましさよりも、猫が殺されなかったことに安堵する。    夕食を食べ終わると子供は寝かされる。  子供はもう少し父親といたいようだったが、彼女の言葉には逆らわない。  子供は彼女を愛しているのだ。  そして、猫と同じく、いつか彼女が自分を愛してくれると信じているのだ。  可哀想な子供。   彼女は泣きたくなる。    子供が眠ると、男は彼女に手を差し出す。  彼女は震えながらその手をとる。  震えるのは恐ろしいからだ。  何度抱かれても。  慣れることなどない。  男は彼女の手を引き、本館へ向かう。  男と入れ替わりに使用人が寝ている息子をみてくるだろう。  いくつか受精卵が残っているとしても、大切な跡取りなのだ。  あの子供は。  この恐ろしい家の。  少なくとも、この男が認めている間は。  男は優しく手を引き、彼女を自分の寝室へ連れて行く。  離れとは違う、美しい寝室に。  彼女はこの舘が嫌いだった。  大嫌いだった。  そして、ここでこれから始まることも。  

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