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ラブソング~ピュア
弟は片腕だけで許してやった。
こんな奴でも彼女の弟なのだ。
男をコケにして片腕一本で済んだのは奇跡だ。
しかもすぐ止血して病院に送ってやった。
死ぬことはないだろう。
でも。
「お願いや、やめてぇ、止めたげて・・・いやぁ・・・」
彼女は腕の中で暴れ泣き叫ぶ。
指の一本一本から切り離されていた恋人の右腕は肩から切断された。
左腕はとうにない。
拷問は死んでしまえば意味がない。
止血ベルトと点滴。
輸血さえ。
なんなら痛み止めさえ使われる。
痛みで死んで楽になられても困るのだ。
死ぬ方がマシな苦痛を。
でも死なないように。
拷問とはとてもプロフェッショナルなものなのだ。
男はもちろん専門家を使っている。
彼はとても冷静な外科医だ。
だが、拷問を受けている恋人の目は静かだった。
苦痛の声をあげはするが、命乞いや哀願は一切しない。
「君のせいじゃない・・・泣かないで」
恋人は彼女にそう言ってさえみせた。
泣き叫ぶ彼女を慰めるように。
「僕が勝手・・・にした・・・結果だ。君の責任・・じゃない」
恋人の声はそれでもしっかりしていた。
男は彼女に責任をとらせようとしていた。
彼女が逃げようとしたらどうなるか、彼女を誰かが助けようとしたらどうなるか。
彼女に苦痛として教え込もうと。
それをこの恋人は無効化しようとする。
男は歯噛みした。
指を鳴らし合図する。
今度は脚だ。
脚の指から切り落としていく。
「イヤァァ!!!」
彼女は泣き叫び、恋人も苦痛の声を上げる。
「・・・愛して・・・いる」
恋人は叫んだ。
男の前で男の妻に向かって。
男に許せるはずもなく。
だが、最初に切り落としたのは陰茎だったから、これ以上の苦痛などもうない。
生まれて初めての敗北感。
しかも、こんな、とるにたらない・・・研究者としては一部で注目されてはいたみたいだがそれでも名のない男に。
妻が泣く。
違う男の名前を叫びなから。
男の腕の中から。
違う。
こんなはずではなかった。
泣きながら許しを乞う恋人を彼女に見せるはずだったのに。
それ以上、妻に向かって愛など語らせたくなかった。
その舌を切り取らせた。
妻が絶叫する。
不思議な感覚だった。
妻の恋人を刻んでいるのに、まるで妻を刻んでいるようだ。
妻は、間違いなく、恋人の痛みを感じていた。
恋人は妻に痛みを分け与えたかのように静かな目をして、そんな妻をみつめる。
まるで互いに心だけでなく身体を共有しているかのよう。
どんなに妻を所有しても、所有しきれないのだと、教え込まれるよう。
「お前は私のモノだ!!」
男は妻に向かって怒鳴った。
彼女には誰の声も聞こえない。
恋人の苦痛、恋人の瞳だけを見つめている。
二人の視線の中にだけ流れるものがある。
「目をえぐれ!!」
男は怒鳴った。
恋人の唇が上がった。
とるに足らない人間ごときが、男の嫉妬を笑っているのだ。
目をえぐられてもその笑いは奪えなかった。
もう出ることのない声の代わりに唇を動かして恋人は言った。
それは予想外に男への言葉だった。
お前が何なのかを知っている
唇はそう動き、目の無くなった眼窩を男にむけ、恋人は笑った。
男は驚いた。
まさか。
でも、コイツの専門は・・・。
そうか。
彼女はお前を愛さない方がいい
それは呪いの言葉ではなかった。
それは事実だった。
そしてまた唇が動いた。
愛してる
それは彼女への言葉。
呼気と唇の動きだけの。
妻が腕の中で他の男のために泣き叫ぶ。
恋人の痛みを引き受け苦しむのだ彼女は。
だって彼女は今涙の代わりに血を流している。
彼女の目がくり抜かれたかのように。
そんなばかなことはありえないのに。
彼女に苦痛など与えたくない。
幸せも、自由も、何に一つ与えられないのに、苦痛など。
限界だった。
・・・男の方が。
「殺せ!!」
普段は冷徹な男が我を忘れ叫んだ。
彼女の声が高くなった。
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