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第8話・アナタがスキ!
☆
「茶虎 、目が覚めたのか?」
大好きな人の声がする。
「せん、ぞうさん? ここ、は……」
大きな和室。狐色の天井。それから真っ白な障子。
なんだか見覚えのある部屋だ。
目をパチパチさせて周りをみる。
「俺の部屋だ」
えっ? なんだって?
「オレ、生きてんの?」
見下ろせば、真っ赤に染まったはずの着物はまた白に戻っていた。
「ああ、お前が無事でよかった」
仙蔵 さんは大きく頷いた。
だけどオレは少しもよくない。
だってオレがここにいれば、また仙蔵さんの弱点になりかねない。
仙蔵さんが死んでしまうのは性処理の道具になるよりもずっと辛い。
どうやらもう別れの時間が来たみたいだ。
オレ、貴方が好き……。
仙蔵さんを想う胸も銃弾を受けた傷口も――痛い。すごく痛い。
だけど、こんなオレなんかの命で自分の命を粗末にしないでほしいから……。
だから!!
さよならしなきゃ!
「っぐぅうううっ!」
ここから抜け出そうと身体を起こせば、激痛が襲った。
オレの上半身をグルグルに巻いている白い包帯が胸のところからじんわり赤く染まっていく。
「茶虎! 馬鹿な、動くと死ぬぞ! そこでじっとしてろ!」
「できない! 嫌だ、もういいっ!」
また同じようなことが起きるかもしれない。
オレなんかが側にいちゃいけない。
「貴方の命を失うくらいならっ! オレなんかいない方がいいんだっ!」
どうせ車にひかれて消えるはずだった命。
死なんて怖くない。
首を大きく振れば、その度に目尻から溢れた涙が散る。
「茶虎!」
「っふ……」
それは突然だった。
両肩を固定されたかと思ったら急に息苦しくなったんだ。
目をこじ開ければ、
嘘だろう?
オレの口が、仙蔵さんの薄い唇に塞がれていた。
動揺を隠せず、瞬きを繰り返すオレ。
目からはポタポタと大粒の涙が落ちた。
静かになるとようやく唇が解放されて――。
ポスン。
……また、布団の中に戻された。
「ど、うして?」
キスなんてするの?
オレのこと、何とも思ってないのに。
ただの性処理道具なんだろう?
端正な顔立ちを見上げれば――。
眉尻を下げて笑っている。
彼はほんの少し困ったような表情をしていた。
初めて見せる表情に、オレは抵抗を止める。
――仙蔵さんってこんな表情もするんだ……。
見惚れていると、仙蔵さんは頭を抱えて項垂れた。
「――こんな歳にもなって恋心を知っちまった。無邪気だと思った次の瞬間には頬を染めて可愛い顔しやがって。抱けば抱くほど色っぽくなってきやがって! これじゃあ手放すことも出来やしねぇ。荒居組 の奴らが茶虎を狙ったと知らせを受けた時は心臓がどうにかなっちまいそうだった。こんな老いぼれのために捕らわれたんだと思ったら自分が情けなくなっちまう。俺に代わって銃弾を受けた時は生きた心地はしなかった! 何が"去 なしの仙蔵"だ! 好いた色の一人すら守ってあげられねぇんだぜ? 今度のことで俺は自分っていうもんにとことん嫌気が差した」
「――――」
好いた、色?
オレのこと、ただの性欲処理としてしか見ていなかったんじゃなかったの?
信じられない。
これ、本当に夢じゃないの?
思いもしなかった言葉ばかりで何も言えない。
ただ、心臓がバクバク煩 いばかりだ。
"くそっ!"仙蔵さんはそう言って、また口を開く。
「――俺は還暦を迎えた。この龍虎組 の跡目は龍 が継ぐ。だからもう何も守るもんはねぇ。失う恐れも無ぇとそう思っていた。だが――年甲斐もなく茶虎、おまえさんにどっぷり嵌っちまった! 惚れたんだ。俺の気持ちがどれほど茶虎に傾いているかわかるか?」
項垂れていた顔が上がる。
鋭い目の奥が静かに光っている。
肉食獣が獲物を見るような、欲望に塗れた目。
そこには貪欲な目をした男の人がひとりいただけだった。
――惚れた。
たしかに仙蔵さんはそう言った。
……オレは。
「……っつ」
この恋は二度と手に入らないと思っていた。
オレ……貴方を……。
「好きでいて、いいの?」
「ああ」
「離れなくてもいい?」
「縛ってでもそばにいさせるさ」
――ああ、神様。
オレ、どうしたらいいの?
嬉しすぎて死にそう。
涙が止まらない。
「俺の腕の中からはもう二度と出してやらねぇ。延々とこの褥に縛り付けて、うんと鳴かせてやる」
「んっ――」
言葉とは裏腹の甘い口づけ。
オレは傷跡が残るその逞しい右腕を掴み、キスを強請った。
☆第8話・アナタがスキ!/完☆
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