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第7話・オレ、貴方のためなら命なんていらないんだ。(後編)
「せんぞうさん……」
会いたい。
でも来ないで欲しい。
両極端なふたつの感情。
でも来ないよ。
オレは暗闇に目を閉じる。
そうしたら、さ。
「茶虎 !」
幻聴かな。
大好きな人の声が聞こえたような気がした。
威厳のある、掠れた低い声音。
この声は――。
反射的に目を開ければ、入口にひとつの人影があった。
鋭い鷹のような冴え渡った目。白髪のラインが入った髪を後ろに撫でつけて、分厚い胸板と広い肩幅――スーツ姿の、凛々しいその男性 。
「な、んで……」
仙蔵さんは来ない筈だった。
だってオレはただの性欲処理――。
遊び相手を助けるために来るわけない。
だけど。
ああ、オレ忘れてた。
仙蔵さんがとっても優しい男性だってことを……。
「お、ようやく来たか……爺さん一人か?」
次の総長になろうとしている恰幅のいい男はそう言うとオレを後ろに突き飛ばす。
「ああ。約束どおり顔 出したんだ。茶虎を放せ!」
「こいつを殺されたくなかったら大人しくするんだな。……この可愛い顔に傷ついちゃったら可哀相だろう?」
オレの首元に鋭利な切っ先をした刃物を充て、稲坂さんは笑って言ってのけた。
「来ないで! 来ちゃだめだ! 仙蔵さんお願いだから、逃げて!!」
もう一人の男が倉庫の隅にいる。
銃口が仙蔵さんを捕らえているのが見える。
「っつ!」
嫌だ。
仙蔵さんが死んでしまう!!
「いやだ! 仙蔵さんっ!」
オレは稲坂さんを突き飛ばした。
大きく手を広げて二人の間合いに入る――。
「茶虎っ!」
銃口の的になった。
むせ返るような火薬の匂いと耳を劈くような大きな音が倉庫内に轟 く。
「……っつ!」
焼けるような激痛がオレの胸を襲った。
苦しい。
息、できない……。
「……っぐ」
胸から流れる真っ赤な血はジワジワ白い着物を染めていく……。
ダメ。
立って、いられない。
焼けるような痛みに立っていられなくなったオレは、地面に突っ伏した。
「茶虎、茶虎」
声が、聞こえる。
オレが大好きな男性の声。
気が付けばオレは仙蔵さんの腕の中にいたんだ。
……だけどさ。
――らしくないなあ……。
仙蔵さんの必死な顔が見える。
いつも澄ました、凛々しいあの表情がない。
「…………」
周りには二人の男の姿も稲坂さんの姿もない。
もう少し視線をずらせば、三人ともひっくり返って泡を吹いていた。
仙蔵さんはやっぱり強い。
そして性処理道具 なんかの命も心配する優しい男性だ。
「……あなたが、ぶじで……よかった」
ねぇ、神様。
オレなんかの命でいいのならあげる。
どのみちオレは、猫だった時車にはねられそうになったんだ。
仙蔵さんがいなければ死んでいた。
……だからさ、神様。この男性の命だけは取っちゃダメだよ?
オレは神様にそう言って、意識を手放した。
☆第7話・オレ、貴方のためなら命なんていらないんだ。(後編)/完☆
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