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茶虎、三毛と奈良漬けで酔う。(前編)

 ☆  ――その日の月は鎮静の月。  どこか寂しそうな月を見上げるふたりの少年もまた寂しげだ。  縁側に座す少年の背中は丸くなり、悲しみを宿している。  そんな悲しげな二人を見守る輩がいた。  彼らは誰もが恐れる龍虎組(りゅうこぐみ)の幹部達である。  彼らは生死を分けた激しい攻防を何度もかいくぐってきた強者だった。ある者は頭に――またある者は頬に――深い傷をその身体の至る部分に刻んでいる。見るからに厳つい男達。彼らがほんの少し睨みを利かせただけでも相手を気絶させる事もできる。数々の争いで鍛えられた身体は鋼の肉体をしている。  見るのもおぞましい男達、総勢三十人以上。  今回はそんな彼らと少年二人が織り成す物語である。   「おい、見て見ろよ」 「あ、茶虎(ちゃとら)あにさんと三毛(みけ)お嬢ですぜ」 「ああっ! 可哀相に。あんなに悲しそうに月を見上げて!!」 「組長の仙蔵(せんぞう)さんも若頭の(りゅう)さんも明日にならないと帰って来ねぇって言ってたもんな。そりゃ寂しいよな~」 「そうそうお二人とも今夜は他の組との会合だもんな」 「あにさん方が不憫(ふびん)――見てるこっちまで切なくなっちまう」 「……うう」 「お前何泣いてんだよ」 「だって、お二人の胸中を思うと……苦しくって……ううっ」 「だよなあ、何とかしてあげられねぇもんかね」 「それはそうと。なあ、さっき茶虎あにさんと三毛お嬢って言わなかったか?」 「言ったけどそれが何だ?」 「何っておかしいだろうが」 「そうそう茶虎さんに"あにさん"ってのはわかるけどよ、三毛さんの"お嬢"って何だよ。三毛さんも歴とした男だぜ?」 「いやだって、三毛さんっていうお人はどうも"あにさん"っぽくねぇでさあ」 「うむう。そうだよな、茶虎あにさんは腕っ節も強ぇえし考え方も男の中の男! って感じだよな。でも三毛さんは――」 「たしかに可愛い系だよな?」 「うんうん」 「だろだろ?」 「――いや、茶虎あにさんの男の中の男ってのも違うだろう」 「そうだよな、だって茶虎あにさん、すっげぇ色っぽい」 「いやいやいやいや、お前待て! 茶虎さんに惚の字なんかよ!」 「悪いかよ! 想うのは勝手だろう? だってさ。腕っ節強ぇえのにさ、なんかこう、うなじとか鎖骨とかさ、優美っていうか……特にあの裾から覗く太腿……すげぇそそられねぇ?」 「たしかにな……」 「いやいや、三毛お嬢だって負けてねぇぜ? あの可憐な目! 潤んだ目で見つめられちゃあおしめぇよ!」 「なんだ? お前は三毛お嬢派かよ」 「あ~あ、あのお二人が組長と若の色じゃなかったらなあ~」  ……はああ。  一同のため息がほぼ同時に腹の底から吐き出される。  静かな夜はいっそう切なさを増した。 「くっそ、俺あもう見ていられねぇぜ!」 「あ、抜け駆けずりぃぜ!」 「俺も俺もっ!」 「俺だってよ!!」  龍虎組の幹部達が口々に決意する。  総出で丸い背中をした二人に歩み寄った。 「あにさん方、しょんぼりしねぇでくだせぇ」 「そうそう元気出してくだせぇ」 「帰宅した組長や若があにさん方の悲しそうな顔を見たらきっと胸を痛められます」 「お前ら……」 「みんな、えへへ。そうだね。ありがとう」  組の仲間に励まされ、二人の目からは光る雫が見えた。 「よし、こうなりゃ今夜は俺らと一緒にドンチャン騒ぎしましょうぜっ!」 「そうそう寂しいこととか忘れちまってさ、ぱあああっといきやしょう!」  そういうことで、一同は居間に集うことになった。

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