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茶虎の寝相。
静かな夜だ。
リィン、リィン。
心地好い鈴虫の羽音が庭から聞こえてくる。
仙蔵は腕の中にいる寝息を立てている可愛らしい茶虎のあたたかな体温をその腕に抱きしめていた。
その時だ。
「ぐふっ!」
突然、みぞおちに攻撃を食らった。
何事かと驚いて薄暗い視界に目を開けた。
腹部に目をやれば、細い足が自分の腹の上に乗っているではないか。
(……やれやれ)
茶虎がここへ来てからいったい何度目になるだろう。
仙蔵は静かに褥から身を起こした。
「クモのくせにおれにけんか売んのかよおぉぉ……すぴー」
声を荒げたかと思えば、最後の方は寝息に変わる。
どうやら眠っているらしい。
(夢の中までいったい何と遣り合ってやがるのか……)
仙蔵は苦笑を漏らす。
仙蔵の色は恐ろしく暴れん坊だ。
仙蔵が長とする龍虎組は裏社会では少しは名の知れたヤクザである。
無論、この龍虎組の幹部達も皆強者ばかりだ。他の組の総長なんぞに引けを取らないほどの腕っ節を持っていた。
そんな幹部達だが、茶虎の前では常に半べそをかいていた。
"助けてくだせぇ~"
大の男が――しかも龍虎組の幹部ともあろう輩が、まだ18そこらの少年に歯が立たない。
そして仙蔵は"去 なせの仙蔵"と呼ばれ人々に恐れられていた。
それなのに――。
どんなに睨んでも茶虎は怯みもしない。
こちらを真っ直ぐ見つめ返してくる。
――茶虎には歯が立たない。
「まったく……こんな小せぇ身体をしてるってのによ……」
この細い身体のどこに幹部達を薙ぎ倒すだけの力があるというのか。
仙蔵は腹部に乗っている足を除けると薄手の上布団をかけてやる。
「…………」
肩肘を立て、静かに眠る暴れん坊を眺める。
「すぴー、すぴー」
規則正しい軽快な寝息が漏れている。
仙蔵の視線を感じ取ったのか、茶虎はう~んと唸ると寝返りをうつ。
その分厚い胸板に頬を擦り寄せた。
「せんぞうさん、すき……」
小さな唇が恋心をそっと告げた。
夢の中でさえも仙蔵と一緒にいるのだと、そう思えば愛しさが増す。
――手も付けられないほどの乱暴者で無邪気な茶虎。
どうにも保護欲がくすぐられる。
彼といるとにっちもさっちもいかなくなる。
常にある自分とは違う存在に気づかされてしまう。
"去なせの仙蔵"
"血も涙もない鬼"
人々からそうやって恐れられ、生きてきた。
だが、今はどうだろう。
仙蔵はこの可愛い乱暴者の色に夢中である。
茶虎を見ていると必然的に口角が上がる。
「まったく、おまえさんにはちっとも敵わねぇよ……」
静かな夜。
リィン、リィンと鈴虫が羽音を立てている。
仙蔵は自分を慕ってくれる茶虎の華奢な腰に腕を回し、規則正しい寝息を耳に傾ける。
ただ、ぬくもりを感じて……。
☆茶虎の寝相/完☆
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