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茶虎、無意識にも仙蔵を骨抜きにする。

 どこか耳の奥で小鳥の囀りが聞こえる。 「う……ん」  それから、可愛らしい声も。  そっと目を開ければ、そこには茶虎がいた。  胸元でしがみついている。  まるで俺を逃がすまいと必死になって縋るような、そんな仕草に年甲斐もなく心臓が大きく跳ねた。  しかしどうもおかしい。  最近どうにも身体が怠くて仕方がなかったから風邪でも移してはいけないと茶虎とは寝床を別にしていたんだが……。  なぜ茶虎がここに……? 「爺さん、目が覚めたのか?」 「龍か」  障子の外からひとり息子の聞き慣れた低音が聞こえて声を出す。  いかんせん、喉はまだ本調子じゃねぇようだ。  どうにも声が掠れている。  俺の声を合図に、龍は障子を開けると室内に入る素振りもなく、静かに口を開いた。 「茶虎な、昨夜爺さんが死んじゃうって大泣きしながら看病してたんだぜ?」 「茶虎が?」  思ってもいなかった内容を告げられ、俺は驚いた。  茶虎を見下ろせば、すー、すー、と穏やかな寝息が耳をくすぐる。  なるほど、龍の言うとおり。たしかに茶虎の頬に何筋も流しただろう涙の跡が見える。  それに……。 「あー、あー、俺なんかのために、こんなに瞼を腫らしやがって……痛いだろうに……」  ぼってりと膨れた赤く腫れぼったい瞼が目につく。  他人を蹴落とし、命を奪った数なんて数えきれねぇほどある。  こんな俺を、茶虎は泣くほど心配し、涙さえも流してくれる。  妻にさえ愛想を尽かして出て行きやがったってのに。 「お互い、可愛い色は大切にしてやんねぇとな」  言うなり、障子が閉まった。 「……お前は本当に可愛いことをしてくれる」  そっと頬をなぞれば、「……ん」と甘い声が放たれる。  なんと健気な色だろう。  これほど俺の心を縛るのは茶虎以外にはいねぇ。 「まったく、お前は可愛いなぁ」  ぽつり。  呟いた俺の言葉に反応したのか、茶虎の小さな唇がほんの少し弧を描いた。  その様子さえも可愛いから困る。  茶虎は俺をどこまで骨抜きにさせる気だろう。  俺は可愛い色をこの腕にしっかりと閉じ込め、目を閉じた。  ☆茶虎、無意識にも仙蔵を骨抜きにする。/完☆

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