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第五章・3

「先生、お車でお送りします」  外には、やはり征生が控えていた。 (さっきまでの僕の状態知りながら、どうしてそんなに冷静でいられるの?)  顔が火照る。  身体が、疼く。 「先生?」 「あ、はい。お願いします」  車中でも、征生はビジネスライクな事しか話さなかった。 「組長が、このたびの大翔さんのA判定をひどく喜んでおりまして。特別ボーナスを、ぜひ先生に受け取って欲しいと申しております」  征生の話を聞きながら、楓は拗ねていた。 (敬語だし! 僕のこと、楓って呼んでくれないし!) 「先生?」 「あ、いいえ。お気持ちだけで結構です、とお伝えください」  車から降りて、楓のマンションに着くとようやく征生は笑顔になった。 「何、すねてる?」 「別に、すねてなんかいないです」  くしゃり、と楓の髪を、征生の大きな手がなぶった。 「車にはドライブレコーダーが装備してある。話し声も全部録音されるから、滅多なことは喋れないんだ」 「そうだったんですか」  よかった、と楓は胸をなでおろした。  征生との関係が、壊れたわけではないのだと知り、安心した。

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