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第4話
僕の町。
山合いにある、でも意外と開けた小さな町。
人口こそ少ないけれど、商店もあるし、駅もある学校もある。
この町に来る人は少なく、必要なければ町の人も外へ出ない。
この町に生まれた人は余所へはいかない。
出てもいずれ戻ってくる。
ここは良い町だし、外はそれはそれは酷いところだからだ。
皆が助け合い、暖かく、それぞれの仕事はそれなりにうまくいっている。
こんな場所は他にはない。
婆ちゃんが言う。
「ここは神様の土地だからね」
「神様の?」
僕は尋ねる。
婆ちゃんは僕の髪を優しく撫でる。
「神様は私達にこの土地を貸してくださったんだよ」
だからここにいる人は皆幸せなのだ、と婆ちゃんは言った。
「ふうん」
僕は納得した。
「お前は一番幸せだなんだよ」
婆ちゃんは言い聞かせるように僕に言う。
「何で?」
僕はいつも言われるその言葉の意味がよくわからなかった。
「お前は神様のものになるからね」
婆ちゃんは言った。
「お前はいずれ、神様になるんだよ」
多分、婆ちゃんは本気でそう思っていたのだ。
僕が生贄ではなく、神様に寵愛され、神様の一人となるだろうと。
僕の町では、遠い遠い昔から、10年に一度生贄が捧げられていて、
僕は生贄として生まれたのだ。
祭りの年に生まれた子供達は3才になるとくじを引く。
引き当てた者が神様に選ばれた子供なのだ。
僕はくじを引き当てた。
不思議なことにこのくじは 、一人っ子は選ばれないし、選ばれたとしても、すぐにその家には次の子が生まれる。
家がこの生贄により途切れることはない。
僕が選ばれた時、父も母も動揺はした。
だが受け入れた。
この町の人々がずっとそうしてきたように。
それに何より、僕は神様になるのだ。人間を超える。
町でそれを疑う者はいない。
それは素晴らしいことだと両親は信じたのだ。
くじを引き当てた3歳の僕を抱きしめたのは姉様だった。
「あなたが可愛い私の弟なのね」
彼女はそう囁いた。
そう血縁関係はなくても僕達は姉弟だった。
同じく神様に捧げられる身だから。
彼女はこの時13才。
彼女も三才の時に選ばれたのだ。
彼女は二十になると捧げられ、肉体的には死んだ。
町はそうやってまわっている。
十年に一度僕達が死ぬことで。
昔からずっと。
そして僕ももう二十歳。
今年の祭りに捧げられることが決まっている。
そして次の10年後に捧げる者も。
僕の可愛い妹。
僕は妹を思って苦しむ。
ああ、もし僕が、男に精を注がれて、資格を失ったならばあの子が今回捧げられてしまう。
まだ10才なのに。
僕達が常に二人いるのはその為だ。
僕はあの日みた光景を思い出す。
姉の身に何が起こったかを。
僕におこるそれを。
あの子もいずれはそうなるとしても、今はだめだ。
あんなに幼いのに。
やはり僕はなんとしてでも逃げなければいけないし、僕は捧げられなければならない。
どうしても。
その日の姉様はとても綺麗だった。
真っ白な衣装を着て、普段はしない紅が唇と目元に引かれていた。
「姉様綺麗」
10才の僕は言った。
僕はこの数年前には家を離れ、姉様と共に屋敷で暮らしていた。
僕の後を埋めるように弟が僕の実家に生まれていた。
「可愛い私の弟」
姉様は僕の髪を撫でた。
僕達はこの家に来た時点で名前を奪われていた。 戸籍も失っていた。
町の医者が死亡診断書を書き、葬式まで行われていたのだ。
儀式として。
何も入っていない墓さえある。
だから、僕達は「姉様」「私の弟」呼び合っていた。
「私が行ってしまったら、しばらくしたら誰が来るわ。あなたの弟か妹 。大事にしてあげてね」
姉は優しく言った。
姉の涼しげな目元。
薄く整った唇。
姉は美しく、優しかった。
「姉様」
行かないでとは言えなかった。
もうずっと前から決められていたことだから。
「あなたもいつか来てくれるのよね。少しばかりのお別れよ」
姉は僕を抱きしめた。
姉の匂い。
僕は姉を愛していた。
僕には互いしかいなかったから、余計に愛していた。
僕達は戸籍さえなかったけれど、学校に通いこそはしなかったけれど勉強を教えられ、遊び、暮らしていた 必要なものは全て与えられて。
皆僕達には優しかった。
神様に成るものと敬意を払われて。
僕達は崇められていた。
でも、姉以外の人はどこか遠く。
良く会う両親も祖母もどこか遠く。
姉だけが僕の現実に触れられる人のように感じていた。
僕達は清くなければならない。
それはずっと教えられてきたこと。
人の精を受けてはならない。
人に精を放ってはならない。
僕達は神様に捧げられるのだから。
いつかのそのために、男女の営みの知識も与えられた。
神と行う初夜のために。
受け入れるようにと。
なにがあっても受け入れるようにと。
胸やいろんなところを触られても、痛いことをされても受け入れるように、と。
僕達はその意味が本当にはわからなかった。
だから解ろうとしていた。
そんなわけで、僕と姉がしていたことは大したことではないはずだ。
僕達はただ、お互いの肉体をお互いの指でなぞりあっただけだ。
いや、あれは罪だったのかもしれない。
何故なら僕は、姉が行ってしまった後、やってきた妹とは、あんなことはしなかったのだから。
姉が僕の指にかすかに吐息を漏らした夜は何度となくあった。
「指以外は入れちゃだめ」
姉に囁かれた夜。
僕の未熟な性器は姉の指に反応し大きくはなるがそれ以上のことは出来ない。
「姉様」
僕は姉様の指が僕を弄るのに耐えられず、呻く。
姉様が笑う。
たまの夜におこること。
僕達にはあまり知識もなく、それ以上のことは出来なかった。
そして、姉はその日、真っ白な衣装を着て行ってしまった。
あの後を追わなければ。
あの場所を覗かなければ。
僕はあの日を後悔し続けている。
姉がどうなったか。
そして僕がどうなるのかを知ってしまったことを。
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