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第8話

 死んだはずの姉が生きていると知ったのは、父の死の間際だった。  「あの町にあの子は奪われた」  父は譫言のように繰り返していた。  「あの町は危険」なんだとも。  腹違いの姉は3歳の時に亡くなったのだと聞かされていた。  そのせいで、前妻と父は別れ、オレの母と一緒になったのだと。  それでも一度も会ったことのない姉だ。  生きていると言われても、それほど心は動かなかった。  俺は自分でもどうかしてると思うほど感情が薄いのだ。  ただ肉親だというだけでは、何の感情ももてない。  父や母は愛していたが。  オレなりに。  ただ、おそろしい町の話は怖いもの知らずのオレの興味をひいた。  儀式に人間を捧げるだと。  それに、いくら情を感じなくても、女の子が町で捕らえられているってのは許せなく思えた。  この辺りはオレにも人間の心はあるのだ。  母は父の話を薬でおかしくなっているだけだと取り合わなかったが、オレは興味をもった。  それに、父がここまで願っているのだ。  姉を助けてやらねば。  父が死ぬまでに、いくつかのことを聞き出し、父と約束した。  「姉を助ける」と。  父は涙を流した。  確かに鎮痛のために打たれたモルヒネのせいなのか、どう考えてもおかしいことを口走ったり、記憶が曖昧だったが、父の話を俺はノートに書き留めた。   そして「気をつけろ」と何度も父は繰り返した。  とても危険なのだ、と。  「町」が、と。  その意味は良くわからなかったが、その町で行われていることを僕は整理した。  10年に一度の祭りがあり、その日、花嫁として若い男女から一人が神の社に送られる。  そして、次の日には人でないとしか言えないものになぶり殺された死体となってみつかる。   村は遥か昔から、それを村全体で隠している。  簡単に言えばそういう話だ。   いつの時代だよ。  ただ、花嫁として選ばれた娘を取り返そうとして、父が右腕を切り落とされることになったことは、どうやら本当だった。  町全体だけではなく、それを守るために、もっと大きな力が働いて入ることを。   「あの町があることで、アレは封じられているんだ」  父は言った。  父を見送った後、オレは高校を休学し、その町へと向かった。  それが全ての始まりだった。  姉はすぐにわかった。  オレと似ていた。  きっと姉も俺を見たら気付くだろう。  骨太な俺とは違い、繊細な造りではあったけれど、真っ直ぐな黒い髪。  切れの長い目。  薄い唇。  それは俺と同じだった。  オレは出来るだけ顔を隠してきたことに感謝した。  町の連中もきっと俺と姉を結びつけただろうからだ。  オレはあくまでも通りすがりとして、この町にいなければならなかったから。  旅行者などが訪れるはずもないこの小さな町。   余所者がくれば一発で分かる。  オレはバイクが故障したことにした。  顔を覆うメットもそれで納得されるだろうし、  オイルで汚した顔も、それでごまかせる。  バイクを押しながら歩けば、そこにいることは許された。  この町にバイク修理の店などないことは知っていた。  山を降りて行かねばない。  だが、オレはそれを知らないふりをして、修理出来るところを探すふりをしながらウロウロした。  そして、父の言う通り、町の人々はオレを避ける。  オレに「この町には修理できるところはない」とさえ言おうとしない。  彼らは余所者と交わることを極端に避ける。  だから、その少年がオレに声をかけてきたのは意外だった。  女の子かと思った。  10才くらいだろうか。  綺麗な顔をした少年で、オレのバイクを珍しげに見ていた。   「お兄さん、よその人?」  少年は人懐っこく話しかける。  オレは頷く。  一瞬少年に、みとれてしまったのだが気を取り直す。  ちょうどいい、情報収集だ。  しかし、綺麗な子だ。  日にあたったことがにいんじゃないかと思う白い肌。  ふわふわの明るい髪は撫でてやりたくなる。  長い睫毛に囲まれた綺麗なオレンジがかった瞳が、オレを興味深げに見ている。   「人を探しているんだが」   オレは姉の名前と年齢を告げようとした時だった。  「私の弟、どこにいるの」  女の優しい声がした。  「姉様」  少年はその声に振り返った。  ああ、姉だ。  俺は確信した。  その人はオレに似ていた。  目元も、口元も。  その人はオレに目をやることなく、少年にかけより、抱き抱えるようにオレから引き離した。  「余所者と話してはいけないと言ったでしょ」  「でも姉様、人を探しているんですって」  女は手を引き、オレから少年を引き離す。  少年が一度、振り返り、すまなそうな目を俺に向けた。  俺は気にするなと言う風に手をふる。  そう、俺は姉を見つけた。  だけど、姉と共にいる少年に何故か胸がざわめくのを感じた。  弟?  姉の?  つまり、父の前妻と誰かの間に生まれた子供か。  俺とは血縁関係はないのは確かだが。  細い身体と、明るい目。柔らかい髪。  綺麗なだけではなく、何だろう。  妙に引きつけられた。  そして、姉とあの少年の間にある空気に、何故か心を乱されているのがわかった。  山の中にバイクを隠し、その夜こっそりその家へ向かった。  姉に正体を明かし、連れて逃げるつもりだった。  鍵さえかけられていない家に忍び込み、オレは姉が寝ていると思われる部屋を探した。  こんな広い屋敷に姉とあの少年は住んでいるのか、二人きりで。  あの後こっそりつけて、家の場所を特定していたのだ。   父の願いだ。  姉を連れ出さねば。  あの少年も一緒でもいい。  その部屋の近くで聞こえたのは、切ない吐息だった。  「姉様、もうやめて」  「いい子ね、私の弟」  女の押し殺したような笑い声。  「ここをこうしてあげましょう」  「やだ、姉様」  吐息にも似た喘ぎ声。  「うそつきね。嬉しいくせに」  女が囁き、何かしたらしい。  小さな悲鳴があがった。  いや違う。  悲鳴じゃない。あの声には淫らさがある。   「私にも触れて、私の弟」  今度は女の吐息があがった。  さすがに俺にもわかった。  あの二人は。  俺の姉とあの少年は。  薄く、ドアが開いていて、まるで誘われているようだった。  少年の喘ぎ声がそこからする。  どちらかと言えば、責められているのは少年のようだった。  俺は、フラフラとそのドアの隙間から覗いてしまったのだ。    姉はネグリジェの前をはだけ、少年は一糸もまとわない身体で、姉に組み敷かれていた。  姉が、少年の薄い胸に唇を這わしていた。  少年の身体が震える。  ん。  あっ。  少年の唇から声が漏れる。  少年が快感に怯えて泣く。  「怖がらないで、可愛い弟」  姉がオレに似た唇を少年の耳元によせて囁く。   白い胸。  淡く色づく乳首。  姉の薄い唇が何度も触れる。   オレの、唇がそうしてるかのよう。  オレはそこに舌を絡ませたいと思った。  オレが少年に触れたかった。  少年の股間に姉の細い指が伸びるが、まだ未熟なそこは立ち上がりはしない。  姉の唇か少年の白い喉に触れる。  「姉様」  「私の弟」  知識などないのだろう、それ以上にはならない二人の行為はそれゆえ、終わりがないように見えた。  俺は欲情していた。  姉ではない。  姉が触れている少年に。  姉が俺と似た唇で触れる度、俺がそうしてるのかと思った。  姉の指が撫でる度、あの滑らかな胸に触れたいと願った。  俺は姉を連れ去ることを忘れ、逃げ去った。  あのままあそこにいたら、自分が何をするのかわからなかったからだ。   姉の目の前で、少年を組み敷いてしまっていたかもしれない。  

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