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第22話
「酷い目にはあっても死ぬよりはまし、と君の口車にのってしまったけど、これではな」
教授は酷く怒っていた。
当然だ。
俺はうなだれたままそれを聞く。
コイツは綺麗に身体を洗われ 、俺のシャツを着せられベッドに横たえられていた。
コイツの身体の傷を俺は消毒し、血がまだ出ている場所にガーゼをあて、絆創膏で止める。
「てか、コイツの身体を見ないでくれますか」
俺は教授に言う。
他の男にコイツの肌を見せたくなかった。
胸の傷を消毒していたからだ。
俺がしたこととはいえ、痛々しい。
腕や肩には内出血もある。
俺がつかんだからだ。
「何を今更。泣くだけで何も出来なかった君に変わって私がこの子を風呂に入れて、手当てしてたんだろうが。正気にかえってついさっきから手当て始めたばかりのくせに」
教授の言葉に何も返せない。
山の中でコイツを抱きしめながら号泣していた俺を発見したのは教授だった。
コイツを俺から奪って抱えてここまで連れて来たのも教授だ。
山荘にオレの後から来たのだ。
車から灯油を下ろしていると、俺の怒鳴り声が聞こえて、いつまでもたっても俺が戻らないから、俺を探してくれたのだ。
こんな山荘を持っているだけあって、踏まれた草木や足跡を読んで俺達を見つけてくれたのだ。
でたらめに走った山の中だ。
自分がどこにいるのかもわからなかった。
俺はコイツを抱えて遭難していたかもしれない。
コイツから花嫁の資格を奪うことによって助けるつもりだった。
それが一番確実だったから。
でも、コイツ強情で、俺ももう止まらなくなりそうで。
俺がコイツに突っ込んで死ぬか、コイツがおかしくなるか、祭りの前にどうにかなってしまいそうだった。
だから、予備の計画に変えることにした。
だから。
教授に俺のことを説明して欲しくて、来てもらった。
教授が来るまでに鎖やなんかを外して、コイツと話するつもりだった。
でも俺が「君を助けるためだった。今日からはあんなことしないよ、よろしく。君を助ける新しい計画があるんだけど」って言ってもアレだと思って。
だから、教授に来てもらおうと思った。
俺を信じて欲しくて。
「だいたいなんだ、これは!!」
壁のフックと鎖を指差して教授は怒る。
「彼がキスしてくれたとか、君の妄想なんじゃないのか!!鎖で縛って、 人の好意を得ようなんて間違っている」
教授の言葉はもっともで、俺は何も言えない。
「本来ならば問答無用で君を警察に突き出すし、私も責任をとる。でも、この子には戸籍もなく、存在自体を隠されているわけだし。君の話では、それはそれなりに大きな力が働いているようだし、警察は不味いだろう」
教授は、ため息をつく。
いくら外部を遮断した町でも、10年に一度、人間が生贄になっているのを隠しきるのには、大きな力が必要だ。
彼のレポートでも、「生贄には神からの恩恵を受ける以上に、神をあそこに封じる意味があるのではないか」と書いてあったし、
あの村が存続する理由があるとされるだけのモノは俺も感じていた。
娘を連れ出そうとした父がどれだけ酷い目にあい、父の主張を誰もとりあおうとしなかったことも、そして、父が娘を救うのを諦めたことからも、わかることはある。
「大体、泣き事聞いていたら何だ?好きな子が、一度優しくしてくれたくせに、やっぱり嫌だと逃げたから乱暴するって。幼稚園児以下か、君は。自分は散々、ちょっと優しくしては酷いことを他人にはしているくせに」
教授の怒りは収まらない。
耳が痛い。
俺がついていた嘘以上に、教授には許せないことがあるらしい。
「とにかく、意識が戻ったこの子に君をどうしたいのか聞く。この子を助ける問題とは別にだ。この子に近づくなと言われたら、君は近づくな。死ねと言われたら、この子を助けた後死ぬんだぞ。もちろん、私にも責任がある。それもこの子に決めさせる」
教授は本気で言っていた。
「それと、取り敢えず、この子が目覚める前に部屋から出ていけ。起きる時にここにいるな」
教授の言葉に俺はうなだれる。
この人の言葉は間違っていない。
俺は立ち上がり、部屋を出る前にコイツの手を握りしめ、その指にキスした。
傷だらけだ。
俺のせいだ。
コイツの身体は俺の噛み跡が傷になってたし、爪 跡も生々しく残ってた。
裸足で逃げた足はとくに酷くて。
手首には俺がはめてた環の跡がある。
俺はコイツの手を握りしめ、また泣いていた。
「教授、俺」
俺は泣きながら言った。
「俺コイツに嫌われたくない。俺、コイツに好きになって欲しかったんだ」
泣きながら言う俺を信じられないものを見るような目で教授は見つめてた。
「君は誰だ?中身がすっかり変わってしまっている」
教授は本気で言っていた。
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