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第27話
「兄様、兄様」
女の子は泣いていた。
オレは困ってしまった。
「泣かなかったら兄様に会わせてあげるよ」
オレが言うと女の子は、口を引き結んで泣くのをやめようとした。
オレは女の子を誘拐しているところだった。
実は人生二度目の誘拐になる。
あの人は命令しなかった。
むしろ俺がする事を黙っていてくれればいい、そう言っていた。
危ないから余計な事をするなとも。
でも、この町で余所者が動くことはあまりにも危険だ。
皆が監視している。
人間が監視装置なのだ。
あの人が高校生の時、あの屋敷に入れたのはたまたまの偶然の結果だ。
お堂に近寄れたのは当然だ。
婚礼が始まると、誰もお堂に近づきはしない。
始まってしまうと、もう、誰にも止められないのだから。
でもあの人が姉を連れてこの町を出ることは絶対に無理だっただろう。
町への出入り口は一つだし、そこを避けるには山の中を連れて逃げるしかない、でも、山の中には沢山の罠が仕掛けられている。
あの子をあの人が誘拐できたのも、オレの手引きがあったからだ。
この町の人間は監視されないから。
オレが山の中まであの子を誘った。
この町では皆顔見知りだ。
オレより2つ下のあの子と遊んだこともある。
祭りには離れている者達も帰ってくる。
オレが祭り前に帰ってくることは、違和感はなかった。
「神様の子」と呼ばれていた、名前のない、綺麗な子。
彼は特殊な立場だったけれど、久しぶりに会えば世間話する位はする。
「ねぇ、都会ってどうなの?聞かせてよ」
少し話でもと誘うと、喜んでついてきた。
この10年で都会に出た若者は俺だけだ。
この町でここから出たいと、願うのはこの子と、オレ位なものだ。
オレとこの子はこの町に殺されると言う意味では似ている。
この町は楽園だ。
皆と同じであるならば。
憎しみや悲しみのない、緩やかな毎日。
ゲイを隠して生きていくなら、オレもここで幸せに生きていけたかもしれない。
この町は異質なものを認めない。
オレはオレでいたくて町を出た。
適当に彼と話をする。
オレは今、図書館の資料室にいるものだと思われている。
こっそり窓から抜け出したことは誰も知らない。
あの日もあの子とオレが会っているとは誰も思っていないはずだ。
山で、オレが差し出した水筒のお茶をあの子は何の疑いもなく飲んで、意識を失った。
そこへあの人がやってきて、あの子をどこかへ連れて行った。
オレはあの人があの子を抱き上げた時の顔を忘れられない。
オレには見向きもせずに駆け寄り、震える腕で抱き上げた。
強く抱きしめる。
まるで長い間離れ離れになった恋人に再会したかのように。
「早く」
オレが言わなければあの人はいつまでもそうしていただろう。
オレはあんな風に見つめられたりはしない。
震えながら抱きしめられることもない。
胸に痛みが走る。
あの人は、今頃、きっと、あの子に触れている。
神の花嫁に気をやれば、死ぬ。
それは村では教えられて来たことで、美しい彼らに迷い手を出し、死んだ者達の話も伝えられていたし、それは遠い昔の話ではなかった。
でも、触れることはできる。
姉の遺言で「助ける」としか聞いていなかったが、あの人があの子に触れないわけがない、と分かっていた。
あの人はどんな風にあの子に触れるのかをオレは知っていた。
オレに触れた時とは違う。
あの子はきっとオレのようには扱われない。
もっと大切に触れられるのだ。
恋人のように。
いや、恋人として?
「お兄さん泣いてるの?」
手を繋いでいる、女の子がこちらを見上げる。
心配してくれてるのか。
優しい子だな。
この町はこの子達の命を食っていきている。
「大丈夫だよ、目にゴミが入っただけ。さぁ、兄様に会いにいこう」
オレは女の子を連れ去った。
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