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第32話

 俺がアイツを助けようとしたのは、アイツが欲しかったからだ。  どうしようもなく、あの身体が欲しかった。  姉に組み敷かれた白い身体を見た時から。  死に際の姉の頼みは、きっかけに過ぎない。  アイツは初めて俺に笑顔を向けた。  明るくなんの濁りもない笑顔で  自分を殺しかけた人間に向ける笑顔じゃなかった。  そして、アイツは言った。  「ありがとう」と。   救おうとしてくれてありがとうと。  あれほど酷い目にあったのに。  そして、姉が死ぬ前に言った言葉を口にした。  姉は何て言った?  「私達だって、救われたいと思ったことはあるのよ」  アイツは言った。  「僕達だって救われたいと思ったことはあるんです」  姉は言った。   「あの子を助けて」  アイツもあの後言った。  「僕は祭りにもどります 。でも妹を助けてあげて下さい」  俺は理解した。   絶望の深さだ。  1人助かったところで、彼らはずっと殺されていく。  この先も。  誰にも助けられず殺され、捧げられていく。  姉もアイツもその前の花嫁達も、皆、繋がっているのだ。  殺される為に生まれた彼らは、自分が捧げられた後も続く犠牲者も自分の一部なのだ  今、自分が助かったところで、殺されていくことには変わりがなく。  遠い昔から、いつ終わるか分からない未来まで殺されることが生む絶望が、  こんな人間を生み出したのだ。  オマエを助けるためには 、全ての花嫁を助けなければならないんだな。  俺にあんな風に笑ってはいけない。  あれは 花嫁の笑顔だ。  あの笑顔は絶望の深さだからだ。  俺がもし、この先全ての花嫁達を助けることが出来たなら、お前は本当の笑顔を見せてくれるだろうか。  花嫁の笑顔ではなく。  いや、俺にじゃなくてもいい。  本当にコイツが笑えるなら、それだけでもいい。  俺はそう思った。  

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