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第49話
「もしも、なんとかなるなら、あの子の墓に行ってみろ」
教授のそう言った。
なるほど。
俺は車をここに捨て置き、山に入る。
それまでに、なんとか墓場に行ってみるか。
夜が明けてからは、もう町の連中は山には入らない。
祭りが始まるからだ。
ここからはもう、携帯も通じなくなる。
明後日になるまで、アイツも、教授も、女の子も、そしておそらく病院にたどり着けたであろう彼も、
どうなったのか分からなくなる。
おそらく、アイツは屋敷で神を迎える準備をしていて、
教授はこれから、山の中に女の子と隠れ、
俺は磐座を破壊するために山の中を探す。
彼は手当てを受けているはず。
明日という日が終わるまで、何もわからない。
「山の中は異界、そして、攻撃してくるものは本気で俺を殺しに来るってことか」
その前に、なんとかして町の墓場にいかなきゃいけない。
アイツの墓を見に。
そして、出来れば、姉の墓も。
教授ご自慢の暗視スコープは役に立つ。
俺は祭りの準備で賑わう町の闇に隠れながら進む。
街灯などあまりない田舎なら、俺が隠れる闇はある。
なるほど。
もう、誰も逃げ出した女の子のことなんか気にかけてもいない。
花嫁はいる。
祭りは始まる。
それだけが全て。
花嫁が載る御輿が引き出され、飾り立てられていく。
火が町の中心に焚かれ、酒が振る舞われ、重箱に入ったご馳走が振る舞われる。
火の周りで陽気に準備に励む町の人々は、陽気で、楽しげで、まるでこれから始まるのは楽しい祭りであるかのようだった。
「あの町は異常だ」
俺の父は言った。
父はしばらくこの町に住んでいた。
この町の住人である、姉の母と結婚したからだ。
「良い町だと思った」
父は死ぬ前に俺に向かって話してくれた。
「誰もが大切にされていた。誰が偉いとか、誰がダメだとかそういうものはなかった。困っている人がいたら皆で助けたし、助けられたからって、何かすることはなかった。誰かが困っていたら、助けるだけ。良いところに来たとしか思わなかった」
表向きの笑顔の下にある悪意など、ここにはなく、
ほくそ笑みながら陥れる残酷さなど、ここにはなかった。
「でも、アイツらは俺の娘を取り上げた。そして俺の腕も」
父は泣いた。
その時に失った右腕を俺に見せつけながら。
祭りの年に生まれた娘。
父は祭りの年にはまだ町にいなかったから、祭りの年に生まれる意味を知らなかったのだ。
姉の母親が町に帰った理由も、姉が祭りの年に生まれた子だったと言うことは関係あるかもしれない。
「信じられるか?自分の娘を母親が差し出すんだぞ」
父は怒りに目を剥きながら言った。
父は当時の妻を許さなかった。
決して。
「町のためだからしかたない。ずっと皆、そうしてきたんだから、そう言ったんだ」
母親が渡そうとした娘を奪い、父は逃げた。
逃げて、山の中をさまよい、つかまり、それでも離そうとしなかった娘を、その腕ごともぎ取られた。
気を失い倒れた父を、死んだと思って町の人々は放置した。
父は意識を取り戻し、腕を縛り、血を止め、山を下り生還した。
警察も誰も、父の訴えをまともに取り上げてくれなかった。
3歳になる娘は、とっくに死んでいることになっていた。
「娘を失い可笑しくなった父親が、自分の手を切り落とした」
そういうことになってしまった。
されてしまった。
父は精神病院に送られ、数年をそこで過ごし、医師だった俺の母親と出会い、そこを出て、結婚した。
そして、病気で亡くなる寸前まで、そのことについては語らなかった。
病院に入れられることを恐れたのだ。
俺の母親も、父の話は父の妄想だと思っていた。
父の繊細な精神が生み出した妄想だと。
父は利き腕こそ奪われても、それでも見事な芸術家で、数々の作品を残した。
繰り返し描かれたモチーフは、3歳位の女の子が、化け物に奪われる画だった。
俺は闇に紛れ、町の墓場へとたどり着いた。
そこに、父が死の直前まで口にした名前を探す。
あった。
姉の墓だ。
祭りで死ぬ前からここにあった。
2歳で死んだ幼児の墓として。
そして、俺は彼から聞いた、アイツの名字の墓を探す。
彼はアイツのことを「 の家から出た花嫁」と言っていた。
あった。
まだそれほど古くない墓で、姉の墓のように個人の名前だけが刻まれた墓。
「 」
俺はアイツの名前を呼んだ。
アイツの名前だ。
愛しい名前。
俺はアイツに名前を返してやらなければならない。
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