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第51話
飛びかかってきた犬を蹴る。
犬は悲鳴を上げ、地面に転がったが、また起き上がり、涎を垂れ流しながら、またこちらに向かってくる。
おかしい。
普通犬はこんなになってでも、攻撃はしてこない。
俺は明らかに相当なダメージを犬に与えて入るはずなのに 、犬は動かないはずの身体で、跳ね上がり、俺にその牙を届かそうとする。
もう一度、蹴る。
犬は もう動けず、それでも、俺を凝視し、僅かにうごく脚で地面を掻き、俺へと攻撃しようとしていた。
おかしい。
動物はここまでして何かを攻撃しようとはしない。
もっと早く諦めて逃げる。
動物は命を失ってまでは攻撃してこない。
逃げれるならば逃げる。
犬は凄まじい憎しみの目を俺に向けたまま、近づく俺をにらみ唸る。
コイツは犬じゃない。
犬は、
こんな目はしない
俺はもう長くはない犬を、楽にしてやる。
首を蹴り、へし折った。
町の人間は祭りの日は山には入らない。
だが、犬は放たれていて。
でも、犬はおかしかった。
5匹殺した犬の全てが。
何かにとりつかれたようだ。
俺だって無傷じゃない。
左手はもう使えない。
裂いたシャツを巻きつけた左手は、酷く噛まれて、動かすことも出来ない。
動物に噛まれた傷だ、
この後、膿むことも考えられる
それだけですめばいいが。
犬達の狂いっぷりから狂犬病もありえる。
祭りの日、山は異界になる。
彼の言葉が頭をよぎる。
邪魔がなくなっても、あてもなく、山をさまよい、磐座を探すのは困難に思えた。
まだ昼だから良い。
夜になれば見つけ出すのはますます困難になる。
そして夜になれば、始まってしまう。
「 」
俺は見つけ出したアイツの名前を呼んだ。
そう呟けば何かが上手くいくみたいに。
首筋に吐息を感じた。
俺は驚いて振り返る。
人の気配なんてなかった。
ても、そこにはいた。
白い着物。
真っ直ぐな長い髪は黒く。
その切れの長い目は俺と同じで。
「姉さん」
俺は呟いた。
日の光に透けるような姉がいた。
木漏れ日の影のように、すぐ消えてしまいそうな淡さで。
姉が何かを訴えようとしている。
ふと、俺はおもいだした。
「花嫁の名前を取り上げるのは、彼らの力を削ぐ必要があるのではないかと。呪術的には名前には強い力があるとされているため」
彼のレポートの言葉だ。
だから教授は、アイツの本当の名前を調べろと俺に言った。
俺は姉の墓を思い出した。
そして父が死ぬまで繰り返したその名前を。
「 」
俺が姉の名前を口にすると、姉の姿が急に確かになった。
姉が手招きする。
俺は迷わずついていく。
険しい山道を滑るように歩く姉を必死で追う。
姉に導かれたどり着いたのは、小さな、人一人ぐらい通れるような、岩場に開いた穴だった。
姉は穴を指差す。
ここへ入れと。
這うようにすれば通れるかもしれない。
しかし、どこへつながり、何があるのかも分からない穴に入ることには躊躇があった。
大体姉は現実なのか。
傷口に入った菌から幻覚でも見てると考える方が現実味がある話だ。
「入りゃいいんだろ、入りゃ!!」
しかし、俺は毒づきながら、リュックからライトを取り出し、咥えて穴に入ることにした。
這って入るためには手に保てないからだ。
穴に入る前にもう一度姉を振り返る。
「アイツは俺のもんだから、姉さん。姉さんには渡さない」
姉が少し笑ったような気がした。
姉はもう次の瞬間消えていた。
「行けばいいんだろ!!」
俺はヤケクソになってその穴を這って行った。
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