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第59話

 男が鉈を掲げて突っ込んできた瞬間、俺は男の懐に飛び込んだ。  男の脇の下から肩で腕を押し上げる。  身体を密着させてしまえば、鉈を振るスペースはなくなる  そのまま俺は男の顎を肘でかちあげた。    男の脳が衝撃で揺れたはず。   男はフラフラと倒れた。  俺は鉈も取り上げ、滝にむかって投げた。  本来ならばここで終わりのはず。  だが、男は立ち上がってきた。       脳を揺らしたのに。  あり得ない。  あの犬達と一緒だ。  殺すまで止まらない。  もしくは、俺が死ぬまで。  俺は心を決めた。  犬を殺すのとはわけが違う。  でも、殺されてやるわけにはいかないんだ。  ただでさえ、アイツの身体を俺以外のモノに触らせなければならないだけでも、俺には耐え難いのに。   殺されてやるわけにはいかない。  俺がなんとかしないと、アイツが死ぬ。  しかも、俺以外の何かにヤり殺される。  嫌だ。  そんなことしてもいいのは俺だけだ。   俺は全部終わらせて、アイツを抱く。  本当に抱く。  最後までする。   ぶち込んで、中で出しまくる。  好きになってくれるかは後から頑張るとして、とにかく抱く。  アイツだって・・・嫌がらない。  そのためには殺されてやるわけにはいかない。  飛びかかってきた男の身体をさばく。  少し肩を押して、身体の方向を変えてやればい 。  俺は男の横に回り込む。  また、突っ込んできたら、男の身体を捌く。  男はよろめきながらまたがむしゃらに突っ込んでくる。      捌いてよける。    それをくり返した。    またきた。  今度は俺は男を前蹴りで蹴るだけで良かった。  男が、驚いた顔をしたのがわかった。  気がつけば、穴の入り口に 、滝へと流れる水が落ちてくる端に自分が立っていたからだ。  もちろん俺が誘導したのだ。  滝の中へゆっくりと男の身体が落ちていく。  男はその瞬間初めてマトモな目で俺をみた。  そしてまた驚いた顔をした。  落ちていくこととは別の驚きだった。  「   」  落ちる寸前、男が叫んだ名前を聞いた。  それは俺の姉の名前。  町が姉から奪った名前だった。  俺が姉に見えたのか。  男は滝に吸い込まれていった。    年の頃からいえば、姉が生きていれば同じ年位だろう。  姉の名前を覚えていたのなら、奪われた名前を覚えていたのなら、おそらく姉に惹かれていたのだろう。  その瞬間、奇妙な映像が俺の頭の中に流れた。  この異様な空間のせいか。  それは、俺の見たことなどあるはずがない幼い姉の姿。  少女になった姉の姿。  大人になった姉の姿。  俺ではない誰かの目が見ていたもの。    おそらく、落ちて行く男が見ていたもの。  そして、落ちながら思い出しているもの。  姉は男の目を通して、俺ではないものに少しだけ笑いかけた。  諦めたような、でも抑えきれない想い。  男の?  姉の?  男は滝が渦を作り出す水の中に落ちていった。   姉を想っていたのか?  でも、お前は止めなかった。   町と一緒になって、姉を殺した。  俺は違う。  俺はそう思った。  お前なんかとは違う。  そして、再び神と向き合った。  洞窟は、差し込む光がなくなってきていた。  日が暮れる。  俺はポケットからライトを取り出す。  日がくれてしまった。   始まってしまう。  でも、どうすれば、どうすれ は!?    

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