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第65話

 「祭りの日、山は異界になる、か」  私はため息をつく。  それが本当だったとは。  「おじさん・・・」  不安気に女の子が身を寄せてくるのを抱きしめる。  「大丈夫」  私は女の子の髪を撫でる。  「アレ達はなんなの?」  女の子が囁く。  「おそらく、アレらも【神】なんだよ、きっと」  私はそう答えるしかなかった。  私達は小屋の床に座っていた。  小屋には沢山のモノ達がいた。  モノとしか言いようのないモノ達が。  デカいモノは窓から足だけみえていた。おそらくその足から推測すればこの小屋よりもデカい。     小さなモノはちょっとした蜘蛛くらいで実際、蜘蛛のような姿さえしてきた。  足は6本だったし、頭部は人間のようであったけれど。  サイズは多様。      姿も多彩。  一つの胴体に6つの頭を持つモノもいたし、獣のように毛皮をはやしたモノもいた。   人に似てると言えないものもいたが、肌の色のデタラメさが違った。  彼らは原色の肌をしていた。  赤、青、黄色、緑、紫。  着物を着ているモノもいて、さらに色彩は鮮やかさを増す。  囲炉裏の火が彼らを照らす。  小屋の中ではしゃぐ彼らは、絵の具をぶちまけたようだった。    人間の物が珍しいのか、小屋にある全ての物をひっくり返し、弄っていた。    言葉はわからないが、笑い、怒鳴りあっている。  こんな狭い小屋に、どうやって入ったのか、とにかく沢山、ヤツらはいた。  ただし、床に座る私達の周りには近寄らない。  床に引かれた線の中にいる私達が見えないし、聞こえないようだ。  「本当にきくとはね」   私は呟く。  南の島のおばあさんに教わった、化け物の出る場所で夜を過ごすためのおまじないだ。   まさか本当にきくとは。   祭りの日は町の人々は山には入らない、  彼が言ったその言葉、それに賭けることにした。  熊が出ると言う山で小さな女の子を連れて野宿はしたくなかったのだ。  それに、犬が放されている可能性は十分ありえたからだ。  だから、猟の時に使うのだろう小屋を確保した。  万が一に備えて、小屋の周りにトラップを仕掛けて逃げるための時間稼ぎはしておいた。  そして、もう一つの万が一に備えて、床に呪いの魔除けの図を書いたのは 半分以上冗談だったのだ。  結果として、トラップは全く役に立たなかったが、魔除けは本当に活用している。  あのお婆さんが本物のシャーマンだったとは。  いつかお礼に行かねばならない。  私は女の子を抱きしめながら、彼らの中で息を潜める。  そして、この女の子もまた、  本物だった。    日がくれるまではのんびりしたものだった。  お腹がすいたというこの子に、小屋の外で飯盒を使ってカレーを作ってあげた位だった。  小屋の中の囲炉裏に火をつけて、夜に備える。  夕闇が立ち込める外にいる女の子に声をかけることにした。   「もう、小屋に入りなさい」  扉を開けて、そう言った私は信じられないモノを見た。  ひょろりと長い生き物。  あの一本足で、バランスをとる民芸品のオモチャ、ヤジロベイを思わせる生き物が夕闇の中に立っていた。  そう、足は一本しか生えていない。      長い腕は二本だが、巨大な眼窩は一つだけだ。  ソレがその長い腕を女の子に伸ばしていた。    私は手の届くところに置いていたボウガンをとり、ソレを撃った。    デカい目玉の真ん中に矢は刺さったがソレ は気にもとめない様子で、女の子の両肩を掴んだ。  軽々と女の子は持ち上げられた。  「   !!」  私は女の子の名前を叫んだ。  女の子は悲鳴をあげた。  女の子は叫んだ。  捕まり、持ち上げられ、大きな口を開けて自分をのみこもうとしているソレに向かって、泣きながら。  「お前なんか消えちゃえ!!」  そう言っただけだったのだ。  その瞬間、ソレはまるで風船の空気が抜けるように、姿をしなびさせ、  霧散した。  女の子が地面に落ちる。  私は慌てて女の子を抱え、小屋に避難した。  そして、床に書かれた図の中に入ったのだった。  アレはなんだ?  矢など気にも止めないモノが、女の子の言葉で消えた。  どういうことだ。  私が考えている間にも、小屋の周りには気配で満ちてきた。  何かとしか言えないモノ達の気配で。  「おじさん」  女の子が震える。  「動かないでこの図の中は安全だから」  私は女の子に言う。  本当は自信はなかったが、もう逃げられない。  小屋の扉が引き剥がされ、ソレらは小屋の中いっぱいに入ってきたのだった。  ソレらは私達を無視した。  私は魔除けがきいていることを確信した。  小屋の外にもソレらがいるのは分かった。  窓から見えるモノや、鳴き声や、笑い声。  山は今 異界であり、異形のモノ達であふれていた。    私は女の子を抱きしめながら推測する。  女の子は花嫁だ。  花嫁とは単なる生け贄ではないのだ。  やはり。  単に神のエネルギーになるだけのものでは。  花嫁から名前を取り上げたことからもそれがわかる。  力を削ぐ必要があった。  おそらく、この世とあの世を繋ぐシャーマン的な役割を本来はしていたのだ。  今はその力を【神】へその身を通して与えるだけの存在となっているが。  「生贄、つまり、人身御供自身が人身御供であることを認めているから人身御供なんだよ」  私は昔アイツに飲みながら語ったことを思い出した。  「神の殺し方」を尋ねてきたアイツに。  「泣き、悲しみはするが、選ばれた犠牲者達は粛々と従う。それもまた生贄に必要な要素なのかもしれない」  私は適当に答えたものだ。    「もしも、人身御供が粛々と従わず、神に逆らったら?」  アイツは尋ねた。  「人身御供のフリをして、神に逆らうか。面白い」  私は言ったのだ  「それはだね・・・」            

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