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第71話
さて、どうするか。
オレは溜息をつく。
退院手続きも終えた。
僅かな荷物を持って出口へ向かう。
撃たれた腹も塞がった。
だけど・・・。
これからどうするか、かんがえないと。
その前に、聞かないと。
何があったのか。
オレが町の外の病院に連れて来られてから。
祭りはどうなったのか。
あの人はあの子はあの女の子はどうなったのか。
それが知りたくて、絶対に死ななかったのだ。
病院を出たオレを呼び止めたのは、見たことのない男だった。
「迎えに来たよ」
男は笑顔で言った。
誰だ。
オレは困惑した。
三十代半ば位か。
荒っぽい造作で野生的な顔立ち自体は危険な感じのするハンサムなのに、底抜けの人の良さがにじみ出る笑顔が、 残念な感じにも、だからこそ魅力的にも男を見せていた。
「はぁ?」
オレは男をこまったように見つめた。
誰だ。
男は勝手に俺の荷物を取り上げ、先に先に歩き出す。
「君が一番重傷だったんだ。心臓だって一回止まったくらいだしな。退院する時くらい知らせなさい」
男の喋り方、声。
オレはこの男が誰なのかをやっと判った。
「教授 !?」
オレは間抜けな声をあげた。
「やっと分かったか」
教授は笑った。
人の良い笑顔。
確かに、確かに。面影はある。
でも、こんな。
「どうしちゃったんですか、教授・・・」
オレは途方にくれる。
ヒゲを剃った教授が、こんなに顔だったとは。
3日前まで熊だった。
あんな熊がこんなハンサムになるなんて。
ヒゲだけじゃない。
髪もカットされ整えられ、年の割りには多かったため、老けて見えさせていた白髪も綺麗に染められていた。
服装だって、高価ではあってもいつものおじさん臭い格好じゃない。
カジュアルなパンツとジャケットが、鍛えられた身体に映える。
本当に教授?
「私のことが皆分からなくてね、困るよ」
教授は苦笑した。
これでは分かるわけがない。
別人だ。
教授は車のドアを開け、俺を助手席に乗せる。
それは確かに教授の電気自動車で。
ちょっとオレは安心した。
教授はもたつくオレに変わって、シートベルトを止めてくれた。
見慣れぬハンサムに顔や身体をよせられ、オレは顔が赤くなる。
いや、この人は教授だから。
教授なんだってば。
「それで、どこまで話したかな」
教授は車を発進しながら、僕に言った。
「そうですね、町が土砂崩れで埋まるところまでですね」
教授は毎日のように病院に来てくれて、オレが死にかけた後におこったことを少しずつ話してくれたのだった。
「ご家族とは連絡は?」
遠慮がちに教授は尋ねた。
オレは首を振る。
「町を裏切ったオレはもう、家族じゃないんでしょう」
仕方ない。
分かっていたことだった。
入院中の手続きや世話は全部教授がしてくれた。
「入院費なんですが」
オレは言いにくいことを言おうとした。
両親からの仕送りも止まった。
退院したての身体ではバイトも無理だろう。
学費は奨学金があるからいいとして、部屋代、その他、オレにはとにかく金がない。
教授が立て替えてくれたのだが、返済のあてが。
「気にするな。アイツの金だ。私が支払っても構わないのだが、アイツがどうしてもとうるさくて。当面の生活費も預かっている」
面白くなさそうに教授は言った。
「あの人が?」
オレは意外だとは思わなかった。
そういう人だ。
「受け取っておくんだ 。慰謝料だ。アイツのせいで巻き込まれたようなもんだし、アイツはアレで私よりはるかに稼いでいる」
教授の言葉に僕は笑った。
人気ライターで気鋭の美貌の学者(テレビによる)が片腕をもがれた事件はテレビでも放送されていた。
不思議な伝承などを扱うライターが、研究調査中に記憶を失い猟奇的に発見されたというのは、なかなか面白い話で、テレビ局じゃなくても興味は持つだろう。
「これでまたアイツは売れるだろ。私の調査に金を出させてやる。海外に調査に行くぞ」
教授は言った。
多分、本気だ。
「オレはやりたいことをやっただけで、あの人にお金をもらう筋合いはないんですが、でも、頂いておきます。強がれないので。残念ながら」
オレは正直に言った。
「何もかもをなくしたことが、やりたいことか」
教授は尋ねた。
「でも、オレはオレを見つけた」
それがオレの本音だった。
教授はオレを見つめ微笑んだ。
それはドキリとするほど優しいもので、見慣れぬハンサムな顔からのものでもあって、オレは顔が赤くなった。
この人教授だから。
教授なんだってば。
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