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第76話
「アレ、気持ち悪いんですけど」
彼が窓からソレを指差した。
「ああ、アレな、ほっとけ」
私はため息をつく。
パタパタ音をたてて部屋に飛び込んできた。
娘だ。
「 さん、来たの?」
俺の娘が、彼に飛びつく。
彼になついている。
彼は娘を抱きしめながら髪を撫でる。
彼も娘が好きなようだ。
「やあ、学校はどう?」
彼の言葉に娘は顔を曇らせる。
学校にマトモに通ったことのない娘には学校生活は大変なようだ。
「無理して行かなくてもいいんだぞ」
私はいつものように言う。
「私、もう少しだけ、がんばる。だから大丈夫、お父様」
健気な言葉に私は涙する。
なんて可愛い娘だ。
「お父様って呼ばせてんですか、教授」
彼が呆れるように言った。
「良いだろう。お兄さんのことを兄様って呼んでるんだから、私は当然お父様だろ!」
長年独身だった私に、突然二人も子供が出来た。
10才と20才の娘と息子だ。
これはこれでありかな、と思っている。
二人とも良い子だし。
「あなたって人は引き取るだけでは・・・」
何か言いかけて、彼が笑った。
続きが気になったが、彼の笑顔が久しぶりでそれだけでも良いかと私は思った。
「私、変な子だから皆が私を怖がるの」
娘が彼に一生懸命話をしている。
「・・・怖がる?」
彼は不思議そうに尋ねる。
「この子は少し先の未来が読めたり、人の秘密がわかったりする」
私は説明する。
彼女はシャーマンなのだ。
おそらく、私達には見えない世界をその目は見ている。
それを同じ年頃の子供達は恐怖を持って感じとる。
「私は普通じゃないからダメなの?」
悲しそうに彼に娘訴える。
「いいや。君は君でいなくちゃ。普通が何かわからないけど、君が変わったら君は君じゃない。君が君じゃなくなったら、君はどこにいるわけ?」
おどけて答えた彼の言葉に娘は笑う。
「ホントだぁ」
ケラケラ笑う。
「で、君のお兄さんはどうしてるの?」
彼が聞いた。
「兄様は部屋で怒ってるの。すごく」
娘が答えた。
「なるほど」
彼は納得したように、窓の外を眺めた。
そこには、私のマンションの入口でオロオロと立ち尽くす、アイツが見えた。
宿題をしてくると娘は部屋に消え、私は彼と二人きり向き合った。
「で、あの人は何をしでかしたんです。騙して、誘拐の手引きをしたオレにさえ腹の一つも立てないようなあの子を怒らすとは」
彼が呆れたように言った。
「悩んだ末に、とにかく話をしようと会いに行った私の息子をあのバカが抱き潰したんだよ。一言も話さずに」
私も呆れている。
あの子は性的なものに対して元々抵抗はない。
男性を性の相手とすることにも何の抵抗もない。
いつか行われる神との性交のために、抵抗ないように育てられたからだ。
だから流されやすいのだが、あの日は真剣に色々話をしようと思って行ったのに、お構いなしに本能のままあのバカに散々な目に合わされ、
最終的には足腰たたなくなるどころか、意識さえなくすハメになったあの子を、アイツが連れて帰ってきた。
そこから、怒ることを知らないあの子がずっと怒っている。
「私としても可愛い息子の相手がいくら何でもアイツでは嫌だ」
キッパリ私も言う。
「親友なんでしょう」
彼が笑う。
「確かに嫌いにはなれないが」
私は認める。
「で、あの人はストーカーになっている、と」
彼は眉をひそめる。
「あの男がな」
私はため息をつく。
「わぁ、さすがに気持ち悪いんですけど。あの人諦めて良かったと今つくづく思ってます」
彼がため息をついた。
「そうか。それは良かった」
私は喜んでしまった。
その瞬間、アイツに対する苛立ちがかなり減ったことを認めるしかない。
「教授?」
彼は不思議そうに私を見つめていた。
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